大地を真っ二つに割り、辺りに飛び散った岩が紫電を放ちながら大人しくなる。
純粋な太刀の威力に加え、落雷そのものを落としたような電撃の威力。
「何奴」
ギガボルトが振り返る。
今の太刀筋でヴォルライガーは真っ二つに裂かれていたハズのものに、割り込んできた紅い影が見えたからだ。
「炎獣…!風雅め、炎獣をも目覚めさせたか!」
炎獣と呼ばれたソレ…真獣王の背中を見、ギガボルトは苦々しげに言葉を吐き捨てた。
真獣王ガイアフウガ…釧が漸く追いついたのだ。
切り伏せられる直前のヴォルライガーを助けたのも、他でもない彼である。
「釧…!」
「貴様といい、風雅陽平といい…イチイチ癇に障る…」
背後から近付くギガボルトを意にも介さず、誰にともなく呟く釧。
「消えるがいい!!信長様に仇なすもの全て!!」
太刀が振り下ろされる直前、ヴォルライガーを突き離し、大きく捻りを加えながら後方…ギガボルトの懐に飛び込む。
「うおっ!」
突き飛ばされたヴォルライガーはギガボルトの太刀筋から大きく外れる代わりに、尻餅をつく羽目になった。
巨体に巨大な太刀という取り合わせは、ゼロ距離に大きな死角を作る。そこを双獣牙で斬り付ける。
しかし、浅い溝を刻むばかり。
全く効果がない訳ではないが、やはり埒が明かない。
「…何故だ」
一度間合いを取り、双獣牙を隙無く構える。
そんなガイアフウガの中で、釧は思わず自らの仮面を押さえていた。
その無機質な銀の下が、疼く…という例えが一番近いだろうか。
「何故キサマ等は”強い”!!?」
「炎獣ウゥゥ!!!」
紫電を纏う太刀が、ガイアフウガの左肩を狙って突き出される。
仮面を押さえていたコトが仇になったのか、いつの間にやら左に隙を作ってしまっていた。
その太刀はそのまま突き進み…耳の神経を裂くような甲高い金属音を掻き立てる。
そこにはライガーブレードを拾い、ギガボルトの太刀を反らしたヴォルライガーが割り込んでいた。
「知るかよ!」
「おのれっ!」
ぶつかり合う刃と雷。
「んなコト…自分で見極めとけっ!!」
徐々に、その拮抗が崩れ始める。
ウェイトと体格で勝るギガボルトの太刀を、徐々にだがヴォルライガーが押し戻し始めた。
「なんと…!」
起き上がったクロスフウガが驚嘆の声を上げる。
先ほどより更に噴出すマイトの量が増す…一体志狼のマイトはどこまで増え続けるのか。
「…それも…悪くはない」
押し殺したはずの心のざわめきが収まったわけではない。
しかし、何かが見えたような気がした。
「うおおおお!!!!」
ライガーブレードの刃が遂にギガボルトの太刀を押し戻す。
「クッ…!」
再び睨み合うヴォルライガーとギガボルト。
一方で釧が次の瞬間呼んだ名は意外な相手だった。
「獣王!キサマの力を貸せ!!」
「釧…!?」
よもやまさか、あの釧が進んで力を貸せという事が起こりえるとは予想していなかった。
「先ずはあれの始末だ。ガーナ・オーダの亡霊如きに遅れを取るなど赦さん」
「…承知」
彼の姿を陽平が見たら何と言うだろうか…そんな思いを今は静かに胸の内に秘めながら、斬影刀を抜き放つ。
ギガボルトが…ヴォルライガーが、ガイアフウガが、クロスフウガが、地を蹴ったのは同時だった。
最初にギガボルトに接触したのはガイアフウガとクロスフウガの同時攻撃。
「ぬぅぅん!!」
左手で2体纏めて吹き飛ばそうと飛んでくる豪腕が、紫電を纏って襲い掛かる。
この巨体でその速さもまた凄まじい。
文字通り瞬く間に距離を詰めてきた2人の影を巻き込むには十分だった。
そう、巻き込んだのは影。
「分身…!」
手応えが違う事から逸早く見抜けるのは流石といった所だろうか。
そして次の襲撃のタイミングは…。
「浅はかなりっ!!」
腰溜めに握っていた太刀を、振り抜いた左手に持ち替えて正面から来るヴォルライガーに向けて凪ぐ。
太刀と剣がぶつかり合う確かな手応えと同時か、今度は紫電を纏った右の拳が大地に強く突き立てられ、大爆発を起こす。
ヴォルライガーとの鍔迫り合いのタイミングに合わせての襲撃、そうそう決めさせてはくれないのだろう。
ギガボルトの背後から距離を詰めていた所を緊急離脱する。
一方で爆風に晒されるヴォルライガー。
志狼の視界が揺らぐような凄まじい圧力だが、怯む事無く目の前の鋼の顔を思い切り殴りつける。
「ぐぅぅぅっ!!?」
未だに敵意を失わないながら、呻きを漏らす。
「おおおおおお!!!」
更に雄叫びを上げる志狼とヴォルライガーの拳が、ギガボルトの顎を掬い上げるようにめり込み、大きく仰け反らせた。
その衝撃の瞬間の音は最早、金属の激突音すらかき消されるような雷鳴と、辺りの空気を裂くような稲妻をも孕んで…だ。
重量や体格等で劣るという次元ではない。倍近い巨躯を大きく仰け反らせ、よろめかせる。
彼らの攻めは勿論そんな所で終わる筈もない。
よろめき後退する足首に、ガイアフウガの肩のアンカーが絡みつくと足元を掬われ、その巨体が派手な爆音と煙を巻き上げて仰向けに倒される。
「鉄武将ギオルネ!覚悟!!」
高く高く飛び上がったクロスフウガが斬影刀を両手で逆手に握り、落下の勢いをつけてギガボルトの胸に突き立てる。
激戦を繰り広げた装甲は如何に硬くとも、小さな傷が蓄積していた。
勢いをつけて刃を垂直に突き立てられ、ついにその刃はギガボルトの胸を深々と穿つのであった。
「ぐああああああああああ!!」
ギガボルトの手が天を仰ぎながら激しく痙攣したように震える。
ヴォルライガーの拳で拉げた顎が、断末魔の声で外れそうなほどガタガタと震える。
「ここまで…」
「まだ…だ…ア゙!!!」
「何!!?」
震えていた手が反射的に、胸の上にいたクロスフウガに掴みかかる。
更には足にアンカーを絡み付いていたガイアフウガまで豪快に引き寄せる。
「まだ動けるのかっ!」
咄嗟にアンカーを切り離そうとしたものの、一体何時の間に起き上がったのか、ギガボルトがガイアフウガまで掴み上げてしまう。
「まだだあっ!!まだ…砕けん!!」
突如黒雲が立ち込めた天空から降り注ぐ、特大の落雷。
落雷はギガボルトの脳天に落ち、その狂気なまでの電撃は両手の忍巨兵にまで襲い掛かる。
「「うわぁぁぁぁっ!!」」
膨大な雷撃に全身を焼かれる。
更にはそのままヴォルライガーに向けて2体を投げつけ…
「信長様の為…消し飛べっ!!稲妻雷電撃ィィ!!!」
拉げた顎の装甲が弾け、強烈な閃光がヴォルライガー達3体を飲み込もうと迫る。
「やらせるかよぉぉぉ!!」
2体を受け止める暇も無く、その前に躍り出るヴォルライガーが、剣を盾代わりにその閃光に飛び込むのだった。
ヴォルライガーの立ち位置から飛沫のように散る閃光の奔流は多少あるものの、その極太の閃光は、地平線を描く山まで抉る威力を維持したまま一直線に伸びていった。
その極太の奔流が駆け抜けたのは恐らく数秒。しかしその数秒は、形勢を変えるに十分足る数秒だった。
全身の緑の装甲が焼け焦げ、各所の意匠も崩れかけたヴォルライガーが膝をつく。
さながら雷遁のフウガパニッシャー。それもその巨体に比例するかのように威力が大きい。
さしもの同じ雷の力を持つヴォルライガーとて無事な道理が無い。
落雷の電撃をまともに浴びたガイアフウガとクロスフウガも、ヴォルライガーの後ろで半身を起こすのが精一杯。
「くそっ…何て隠し玉だっ…!」
剣を杖代わりに、ふら付きながらも立とうとするヴォルライガー。
とはいえ、対するギガボルトもどうやら無事というワケには行かないようだ。
雷の閃光を放った口周りは爛れ、気力で踏ん張ってはいるが、四肢の震えは相当な消耗を物語っている。
「あと一手だ…あと一手叩き込む事ができれば…っ!」
立ち上がろうと膝を立てるガイアフウガだが、蓄積したダメージがそれ以上を許さない。
「負けるわけには行かない…こんな…所で…!」
疲労困憊の悲鳴を上げる体に鞭打って立とうとするのはクロスフウガもまた同じ。
<グルルルル…>
不意に唸り声が聞こえる。
「…何だ?」
釧が声を上げるのも無理はない。一番近くにいたのは彼なのだから。
「ガイアフウガ…!」
ガイアフウガの獅子の型…言わばクロスガイアが獅子の唸り声を上げている。
奇妙な事はガイアフウガに留まらない。
すぐ隣に居たクロスフウガもまた、その身にどこか懐かしさを感じる熱気を感じていた。
(これは…?)
思わず自らの手に視線を落とすクロスフウガの挙動を見て、釧が一体何をしたと言わんばかりに厳しい視線を向けてくる。
「ワタシにも分からない」
釧はふと、クロスガイアが如何なる経緯を辿ったのかを思い出していた。
この真獣王は、遥か昔には獣王の体であったという。
(引き合っているというのか…ならば)
「ッ…立て獣王!キサマ等の声にあえて応えようっ!」
「!!」
フラフラになりながらも立ち上がる2体の獣王。
その先に何があるのか、釧もクロスフウガも直感的に悟ったのだろう。
「「風雅流奥義之壱ッ、三位一体ッ!!」」
ガイアフウガが一度クロスガイアの姿へと変化し、更には両足と上半身に分離。
両足が展開してクロスフウガの足を覆い、上半身がクロスフウガを頭から覆うように合体する。
忍獣サイハがクロスフウガの背に装着され、7色の翼から火の粉が舞うように色が剥がれ、黄金の翼へと変わる。
そこに現れたのは、既に獣王でも真獣王でもない。獣王を超えた獣王の勇士…。
「超獣王式忍者合体!!」
「グレェェェェトォォッ!!クロスフウガァァァァァァッ!!!」
それは真紅の…超獣王。
フラフラになりながら立ち上がった志狼は、背後で突然爆発的に力を増した存在に振り返った。
「何だ…?」
見ているだけで圧倒されるような、凄まじい存在感。
だからこそ一瞬見落としていたのだろう。
ソレが足元に近付いていた事に。
「志狼さん!!」
声をかけられ足元に目を落とす志狼は、意外な人物の登場に声を荒げた。
「システィルさん?何でここに!!」
更にシスティルの後ろから一人。
狼狽する志狼をからかう目的もあったのではないか…とさえ思える含みのある笑顔で手を振っているのはトーコだった。
「おまっ!何やってんだコラァッ!!」
「あー誤解しないで。ここまで飛ばせって言ったの、この子だし」
ポンッとシスティルの肩に手を置く。
「ありがとうトーコさん。少しの間”大きくなる”ので、下がっててもらえますか?」
「へぇ…アンタもその手の力持ってるワケね」
ヒラリと手を振りながら距離を取るのを見ると、システィルは胸に下げていたロザリオを取る。
「行きますよ、フェンバート」
「何も前線に出てまでする事じゃ…」
システィルの傍らに現れたのは、先ほど意外な事実を伝えに出てきた聖職者だった。
そして手に持ったロザリオを高く掲げると、ロザリオに刻まれた細かい字が輝き始める。
「ベルファード・クラウス!」
名称…というよりは呪文の一種だろう、高らかに唱えると隣にいたフェンバートまで巻き込み、幾重にも光の羽が折り重なるようにして巨大化していく。
ソレはヴォルライガーより一回り大きな繭を型作り、その繭の殻が、風で無数の羽根が舞い上がるように弾けていく。
そこにいたのは、システィルやフェンバート同様の修道女を思わせる装いの鋼の巨人が居た。
「聖者融合!システィブレス!!」
システィブレスがヴォルライガーを抱き起こすように手を添えると、手の触れた箇所から雷撃に焼かれたボディが癒えてゆく。
そういえばそうだった。ここに来て消耗著しい筈だった志狼やエリク、ジャンクを始めとした皆の傷と疲労を癒したのは彼女だった。
「システィル…さん…」
「私には、立ちはだかる相手を振り払うような剣技も魔法もありません。襲い掛かる牙から身を守る盾もありません」
そう嘯くシスティブレスではあるが、その口調に淀みはない。
手の平を上向きにすると、システィブレスの手の平に水の入った瓶が現れる。
「私の戦い方…それは皆を癒し、祝福する事で背中を押す事…」
同時に、取り出した瓶を見て思う節があったのだろう。システィブレスの中からフェンバートの声もした。
「なるほどアレね…手持ちの聖水は足りてる?」
「今持ってるのは2本よ。全部いくわ」
「大盤振る舞いね…わかったわ」
何の打ち合わせかと志狼は一瞬疑問に思ったが、すぐさま話の矛先は志狼へと向いた。
「このままでは大変です…志狼さん、私も精一杯の事はしますから、皆さんを助けてあげてください」
「…分かりました」
既にヴォルライガーの傷は皆無に等しい。
ライガーブレードを大きく振って構えると、システィブレスはヴォルライガーの背後で浪々と何かを唱え始める。
「唯一神グローリィの使いたる力を行使するを赦し給え…勇者に限りない祝福を…!ティオール・クラウ・フォルターゼ…」
システィブレスが両手で掬うように2つの瓶を持つと、栓が静かに抜けて消失し、中に眠っていた水が生き物のように蠢き立ち上っていく。
「テリュース・フォルテサ・アルファント…キュラード!!」
瓶から独りでに抜け出した聖水は、無限に胴が伸びる龍を模すようにヴォルライガーを中心に渦巻きはじめる。
その聖水の帯がヴォルライガーの全身を覆い、水の幕を作ると、そのボディが内側から眩く輝き始めた。
その眩い光を払うように水の幕が弾けると、そこには黄金の輝きを放つヴォルライガーの姿があった。
「コレは…」
ヴォルライガーと志狼…彼ら自身がその変化を一番実感している。
全身に漲る力は半端ではない。
微かに剣を握る手に力を込めるだけで、御雷落し並みのマイトを簡単に生み出してしまう。
ヴォルライガー改め、ハイブーストヴォルライガーと言ったところだろうか。
「小癪なっ!緑の剣士…そして獣王よ!今度こそ消し飛ばしてやる!」
大声を張り上げるギガボルトの口に、再び強烈な雷光が集まっていく。
1発であそこまでボロボロになったというのに、まだ撃つ気か…そんな呆れにも似た驚きが、志狼と釧の心に射し込む。
ギガボルトの全身を走る稲光は、果たして自身の力の紫電なのか、それともボディの悲鳴から来るスパークなのか判断し難い。
その狂気にも似た執念が、再びその口に宿っていく。
「消えろ!勇者どもぉぉっ!!稲妻雷電撃ぃぃぃ!!!!」
落雷のような轟音と共に打ち出される閃光が、ハイブーストヴォルライガーとグレートクロスフウガを飲み込まんと直進してくる。
しかしどういう事か、その雷撃の閃光は2体の前で幾つかの稲妻の帯となって裂け、散っていく。
その稲妻の閃光を引き裂いた正体はグレートクロスフウガだった。
裂けた稲妻の帯は、グレートクロスフウガの胸の獅子の顎の中へと集まってゆく。
「そういえばキサマは知らなかったな…コレが本来の使い方だと…!」
あの一撃でヴォルライガーを活動不能寸前にまで追いやった雷撃を、圧縮していく。
「雷遁開放!!フウガパニッシャァァァ!!!!」
その瞬間、誰もが雷の爆音…音で耳が痛くなるほどの轟きを放つ強烈な閃光が、ギガボルトに向かっていく。
正に今自分が放った懇親の一撃が、まさか自らに牙を剥いてくるとは思いもよらず、目を見開き、太刀を両手で構えて衝撃に備える。
「ぬ…おおおおおおっ!!」
ギガボルトの視界が、白より遥かに眩い閃光色に包まれながらも、特大の雷の光芒を受け止める。
この規模、発射の反動で自らも激しく消耗するというのに、丸々撃ち返されているのだから、その威力に飲まれれば一溜まりもないだろう。
しかし、ギガボルトが更に驚いたのは、それに続く者だった。
「ォォォオオオオおおおおおおお!!!」
閃光色に染まる視界は既に自分の握る太刀すら視認できなくなっている。
その中にあって徐々に輪郭を持つ存在があった。
「!!…まさか…そんな事など!」
その閃光のために色までは認知できない。
しかし、胸に顎を広げた獅子の顔。獅子の意匠をあしらった巨大な剣。
執念の将であるギオルネでさえ内心畏怖を覚えるような闘志を宿す、力強い瞳。
ヴォルライガー。
よもやまさか、ギガボルトが耐えるだけで精一杯の雷撃の中を突っ込んで来る様は、凄まじいという言葉すら生温い。
「轟ぉぉぉ雷ぃぃぃ斬っっ!!!」
ギガボルトの胴が袈裟斬りにされ、切り抜けたヴォルライガーの足が地面を捉えると、勢いで地面に深く長い溝を刻む。
マントのような紫電を翻しながら、ヴォルライガーがゆっくりと立ち上がった。
「ア゙ア゙あ゙ア゙!!!」
全身…特に肩から腰にかけて完全に引き裂かれた傷から、その鋼の肉体の断末魔とも言える紫電が溢れるギガボルト。
しかし…その傷を無理やり押さえ込むようにして、頭と繋がっている左腕で下半身を抱えて繋ぎ止め、振り返って太刀を振り上げた。
最早動ける事そのものが奇跡の域。
或いは執念という一念とさえ言えるだろうか。
「せめて…キサマだけ…でも!!」
しかし、ヴォルライガーは振り返りはしない。
余裕のつもりだろうか?
「愚弄するかァァァ!!!」
「もう…終わってんだよ!」
「!?」
次の瞬間、ギガボルトの視界に走った異変。
視界が真っ二つに裂けてズレる。
それだけではない。その視界の裂け目から一方はヴォルライガーの後姿なのだが、もう一方は…。
「相手を御剣志狼だけに絞ったのは失敗だったな」
切り抜けたグレートクロスフウガの後姿だった。
一体何時の間にそこにいたのか。
忍巨兵と幾度も戦ってきたギオルネが、忍巨兵の速さを見落とす筈がない。
だが、そこにいるのはただの忍巨兵ではない。
既に速さの域を超えた速さの次元にある存在。
「…霞斬り…」
『成敗…』
静かに鞘を滑る斬影刀が、パチンと根元まで納められる。
その納刀の音と同時に、ギガボルトの体から真っ直ぐな一筋の線が走る。
「おの…れぇ…!!うおおおおおおおお!!!!!」
ヴォルライガーの轟雷斬に、グレートクロスフウガの霞斬りに、切り裂かれた切り口から紅蓮の炎が巻き上がる。
スパークした紫電が、爆発の炎が、ギガボルトの執念の鬼と化した爛れた顔まで包んでいく。
不屈の念を宿し、黄金と紅蓮の獅子達に向けて伸ばした手も…。
一際大きな爆発と共に、ヴォルライガーはライガーブレードの切っ先を地面に突き立てる。
『我が剣に…斬れぬものなし!!』
胸の獅子が力強い咆哮を上げると共に、全身に纏っていた黄金の祝福が飛び散るのであった。


一体何が起こったのだろうか。
街へと向かっていた流れ弾のミサイルは突然奇妙なカーブを描いて爆発する。
不審に思ったメデューがガトリンクの乱射が止めた。
そのおかげで爆煙が徐々に晴れていったその場所には、今まで無数の弾丸に晒され続けていた者達の姿。
「…さて、あとはどうするかしらね…」
疲労とも諦めともつかぬ力無い声のライフ。
「…っ大丈夫?」
崩れそうになるフレイゴーレムを猛鋼牙が支える。
「まずマナバッテリーを交換しないとね…フィールド展開しっ放しだったからエネルギー切れで継続戦闘は無理よ」
あの状況にあって、フレイゴーレムがフィールドで弾丸の威力を緩和していた。
流石に皆無傷とはいかないが、戦闘不能にまで追い込まれてはいない。
「そこに誰か居るんだろ?前に出てきなァ!」
相も変わらずの口調でメデューが言い放つ先は、今まで弾丸の雨を耐え忍んでいた勇者達の位置とは外れる。
「…誰?」
目の前の破壊魔に対する注意を怠らぬよう、その視線を追う勇者達。
「流れ弾の異変に気付くのはいいが、相手の位置くらい正確に把握しておけ」
そこに居たのは緑色の狼のロボット…。
否、その狼のロボットも霞が晴れるようにすぐ消えてしまう。
街へ向かっていただろう流れ弾を防いだのは確かにあの緑色の狼なのだろうが、恐らく本体は違う。
掻き消えた狼の足元付近だろうか、赤いマントを羽織った褐色の髪の男がゆっくりと歩いてきていた。
「…どこで道草食ってたのかしら?迷子の魔術師さん」
「!?…はぐれてた仲間って!」
咄嗟に紫龍と猛鋼牙がフレイゴーレムを抱え、一斉に皆飛び引く。
ガトリンクの弾丸の雨がその場に襲い掛かったのは、その直後であった。
「テメェらも余所見してる暇かァ?キャハハハ☆」
「騒々しいな」
男の一言に耳障りな狂笑を止め、不気味な瞳で男を捉える。
それを知ってか知らずか、男も腰に下げていた剣を引き抜くと、突然15メートル程度の青い巨人へと姿を変える。
「あとライフ、迷子発言は訂正しておけ。迷子だったのはお前達だったんだからな」
「はいはい。分かったからあのバケモノ何とかしてよね」
気だるげに軽く指先を振って答える男。
その男に向かって声をかけたのは拳火だった。
「大丈夫なのか!?」
「…正直余裕はないがな…隙は作るから体勢を立て直しておけ。どう畳むかは任せるぞ」
振り向く事無く、青い巨人へと姿を変えた男は、ドールハウスに向けて走っていく。
その様子を見送ると、ウォルフルシファー…ブリットはフレイゴーレムに横目で視線を送る。
いい加減動かなくなってしまったフレイゴーレムではあるが、ブリットの意図は汲んだのだろう。無言の問いに淡々と言葉を紡ぎだす。
「レクス・フォンティーヌ・アルベイルよ…俺様バカだけど一応任せていいんじゃない?腕は保障するわ」

真正面から走ってくるレクスにおもむろにガトリンクを向けるドールハウス。
「突進だけなんざ芸がねぇな!さっきのクソ勇者どもの方がまだ数があって壊し甲斐があるぜぇ!!」
言い終わるより先にガトリンクの銃身が回転し、弾丸の嵐がレクスに牙を剥く。
弾丸の嵐は瞬く間にレクスの姿を黒煙の中に包んでしまう。
ところが煙からは2体・3体とレクスが分身した状態で飛び出し、ドールハウスを取り囲み、撹乱でも始めるかのように動き回る。
一見して忍者のような立ち回りではあるが、今更その程度の小手先で驚くドールハウス…メデューではない。
「数で何とかなるとか、甘ったるい考えにも程があんだよ虫ケラぁぁ!!」
過剰に搭載されたミサイルが一気に四方に飛び出し、両腕のガトリンクも派手に振り回しながらレクスの像を追う。
戦場はまさにメデューを中心に円形に、派手に無数の花火を地上に撒き散らされる事となった。
勿論その爆発は四方を囲むレクス達を含めて…である。
「エラそうに出てきておいて、手応えがまるでネェなァ!」
口の端を軽く吊り上げるメデューだが、それも一瞬。
「当たり前だ。幻影魔法の像を屠るのに手応えがあるワケがないだろう」
軽く眉の間がヒクつく。
周囲から立ち上る黒煙から、数体のレクスが高く飛び上がる。
一斉に剣を振り上げ、メデューに襲い掛かる算段だろう。
しかしドールハウスはそんな像を気にも留めず、地上のある方向に視線を向けていた。
「キャハハハ!!ネタ明かしが早すぎたなぁクソ勇者ァァ!」
その何も無い筈の空間にガトリンクを放つと、反対の腕のガトリンクを地面に叩きつけて埃を巻き上げてその横へと埃の霧を飛ばす。
何もない筈のその場所で、確かに砂塵を切る何かが居た。
「チッ」
姿を隠すのが無駄と分かると、その青いボディを晒すレクス。
ドールハウスの上から斬りかかる幻像達の剣は、幻像というだけあり、ドールハウスのボディーを虚しくすり抜けるだけに終わると、そのまま姿を消してしまう。
「残念だったナァ!仕掛けが分かっちまえば幻影魔法なんて何でもねぇんだよ!」
レクスには計算違いがあった。
彼の世界では科学は大して発達しておらず、生粋の科学技術によるレーダーやセンサーなどというものは存在しない。
精々マナを感知する装置が錬金術で作れる程度であり、幻影魔法で誤魔化すにしても気配とマナだけ幻像に持たせれば済む話なのだ。
しかし錬金術と科学技術では系統が少々違う。
センサー相手では幻影魔法が通用しない。
「終わりだ!50回は死ねぇぇ!!」
ガトリンクの銃身がレクスを捉える。
そして、愈々引き金を引こうと…。
「…掛かったな」
「!」
ガトリンクが捉えていたレクスの口元には、余裕すら感じられるものがあった。
すると、今度はドールハウスのすぐ目の前にレクスの像が現れる。
「そんな手が効くと…」
「…思ってるさ」
目の前に現れたレクスが、ドールハウスの顔面にハイキックを炸裂させる。
実体が無い筈の幻影の攻撃は当たる筈がない。
しかし、目の前のソレからは確かに衝撃が走った。
しかも今喋ったのは目の前の幻なのだ。
「テメェ…!」
衝撃はあったが、蹴り1つでどうにかなるハズもない。
再びセンサーに目を落としてみれば、レクスは先ほどの場所からさほど動いている気配はない。
「もう1つ教えてやる。今ので容赦なく撃っていれば、俺を蜂の巣にできたかもしれんぞ?」
「あァ?」
つまり、やはり幻影がドールハウスに手を出した…という事になる。
「声も衝撃も、像とタイミングを合わせて魔法を遠当てしておけばいい。あとは的に意識が集中する一瞬の心理の裏を掻けば済む話だ」
軽口でも叩く物言いに、さしものメデューも神経を逆撫でされたのだろう。
「いい加減に…しやがれクソ虫がぁぁ!!ちょっと上手いだけで妖魔の王相手にいい気になってんじゃねぇぞぉぉ!!!」
「王ならあと少しくらい口調にも気を配れ…そんなだと王どころか、そこらのならず者と同格だな」
「ブッ殺す!!魂の欠片も残らねぇくらいグチャグチャに潰してやるァァァ!!!!」
ガトリンクのみならず、全身の火器という火器を全て露出させるドールハウス。
一斉に放たれるミサイルが、ビームが、無数の弾丸の数々が、空をも覆い隠すほどの膨大な弧を描いてレクスの元に殺到する。
正面からだけではない。無数の弧はレクスを四方から取り囲むように隙間無く迫っていく。
これではどう足掻いても回避は不可能。
しかし、レクスの表情は曇り1つ見せる事はない。
「…ヴァーダ」
剣を逆手に持ち、剣の柄の先の石の輝きと共に、呟くように唱える。
次の瞬間…。
「もう少し冷静に俺の意図を読む努力くらいするべきだったな」
「な!?…テメェェ最初からコレをぉぉぉ!!!!!」
レクスの周囲を取り囲んでいた無数の弾は無い。
いや、レクスが居る場所そのものが、呪文を口にするまでの場所とは違っていた。
レクスが今立っている場所。
それは、一瞬前までドールハウスが立っていた場所。
向かってくる弾の中心地に居たのは、その無数の凶弾を放ったはずのドールハウス。
そう、レクスの立ち位置がドールハウスと丸々入れ替わっていた。
その立ち位置を入れ替える魔法の名残が、今のレクスの位置…ドールハウスが立っていた位置を中心に広がる、巨大な魔法陣という形で残っていたのだった。
無数の凶弾が、ドールハウスのボディを爆心地に巨大な爆発の炎を巻き上げる。
「勿論…狙っていたさ」
爆発の炎にも興味を示さないかのように踵を返すと、早々に引き下がってしまう。
「どうした」
すれ違い様に声をかけたのはブリットだった。
「マナが底を尽いた。後は任せる」
止まる様子もなく下がっていくレクスの言葉に、やれやれと軽くため息を漏らす。
彼は剣を持ってはいるが、戦い方から察するに土俵は魔法。
マナと呼ばれる魔法の根源エネルギーが枯渇したのならば継続戦闘を求めるのは酷だろう。
「反撃の隙は作ってくれたんだ、やるなら今だ」
「手はあるの?」
「んなモン!攻めて攻めて攻めまくる!」
紫龍の中では、拳火の勢いに水衣がため息を漏らしていた。
シンプルなのは結構だが、せめてもう一押し何か一手欲しいものだ。
あれほどの爆発の中、立て直しに多少時間が掛かっているのだろうが、あれで沈むような輩ではない事は重々承知している。
「オマエ、バカ?」
「なァ!?」
一刀両断だった。しかも子供の声である。
拳火が振り返ってみればそこには子供の姿は無く、代わりに純白の翼とボディを持つ忍巨兵、天王サイガの姿があった。
「メノーがボクとソイツならできるって」
剣十郎やイサムらの下にいる瑪瑙は、水晶之笛をそっと口から話した。
「水衣、使って下さい。恐らく水衣と紫龍なら…」
「瑪瑙…」
瑪瑙の真っ直ぐな視線に頷き、再びサイガに視線を移す。
そうしている間に、黒煙を巻き上げていたドールハウスが起き上がる。
「クソ勇者がぁぁぁぁぁ!!!魔法が使えるくらいでいい気になってんじゃねぇぇぇ!!」
大層ご立腹のようだが、それで引き下がる道理など無い。
「風雅流武装巨兵之術…!」
水晶之笛の音色を乗せた風が、サイガと紫龍を包み始めた。
巨大な腕と化したサイガが紫龍の左手を覆う。
その巨大な左手が握るのは、風雅忍軍屈指の破壊力を誇る天翼扇。
「天王武装!紫龍!!ウィンザードォォォ!!」
サイガの力を握った途端、紫龍ウィンザードの出力が否応ナシに上がっていく。
それほどの対価を要求する力であると改めて思い知らされると共に、紫龍の特性上、尚の事緊張を走らせる拳火と水衣。
本来相反するマイトを組み合わせる事で高出力を得る紫龍なのだから、これほど強引に出力を上げれば僅かなバランスの崩れで自壊しかねない。
事実、紫龍ウィンザードの中で膨れ上がる力で拮抗が崩れ始めたのだろうか、紫のボディから赤と青の像がブレて見え始める。
「大丈夫」
合体に伴って紫龍ウィンザードの中に転送された瑪瑙が呟くように言う。
「信じてますから…水衣も、龍門さんも…」
「ええ…私達が力をあわせれば…っ」
「俺達も…しっかりキメるぜぇ!!」
張り詰めた空気すら清めるような澄んだ笛の音が、再び瑪瑙の笛から奏でられていく。
それに呼応するように赤と青の像が高く昇る龍のようなオーラになり、螺旋を描きながら天を貫き…
紫のボディが徐々に黄金の神々しさすら放ち始める。
「先ずはテメェからブッ潰れてぇかぁぁ!!!」
黄金に輝き始めた紫龍ウィンザードに向けて、全身の膨大な火器を覗かせるドールハウス。
自らの集中砲火に晒されて尚、それだけの戦闘力を保持しているのだから、そのタフネスぶりは凄まじいを通り越して呆れる他にない。
「立て直してる間の隙が大きすぎですね」
直ぐ傍から聞こえる声に、メデューが目配せする。
しかし声の主はどこにも見当たらない。
いや、視界の端に映った影…。
「!!」
気付いたと同時にクナイが頭上がら降り注ぐ。
装甲の隙間を狙ったモノではあるが、それでも容易に隙間を貫かせてはくれない硬さがドールハウスにはあった。
「そうかい…まずはテメェが蒸し焼きにされてぇか…!!」
「火は間に合っています。それに私は…」
「囮だってんだろう…?」
「!!」
緊張の色を走らせるクウガを他所に、ドールハウスがガトリンクを向けた先はクウガの影。
その影から8つの大爪が生えてきた。
「今度こそミンチにしてやるぁぁぁ!!!」
メデューの気が触れたような叫びと共に、ガトリンクが無情な弾丸の雨を降らせる。
…筈だった。
「黙らせたいのは、何もその下品な言葉使いだけじゃないですから」
不発に終わったガトリンクを前に悠々と姿を見せる、8つの茨を持つ黒薔薇のような忍巨兵。
闇王モウガの中から楓の声がした。
「巫術・深影…貴女の火器は全て”埋めて”おきましたので」
そう、全身の火器という火器の口が埋められていた。
囮を用いた一瞬の隙をついて彼女はドールハウスの火器を一時的にとはいえ沈黙させたのである。
勿論、あれほどの口を塞ぐのに必要となった巫力の量たるや半端ではない。モウガの中で楓は立ち上がるのも困難なほどに疲弊していた。
だが、ドールハウスの中でメデューは戦慄を覚えざるをえなかった。
モウガの後ろには、愈々その輝きを増してきた紫龍ウィンザードの姿。
出力制御に時間が掛かっているのだろうが、これでは紫龍ウィンザードを黙らせる手が無い。
「ありがとう楓さん」
その瞳を強く光らせる紫龍ウィンザードが、天翼扇を高く掲げる。
それは遂に、荒れ狂う紫龍ウィンザードの力をものにした証拠に他ならない。
「一曲、いかがですか?」
紫龍ウィンザードの中で、瑪瑙は笛を2つの扇・恋舞に持ち替えて構える。
その流れるような動きは何も瑪瑙だけではない。
見事に息のあった動きで拳火・水衣もまた構え、紫龍ウィンザードもまたソレに倣った構えを取る。
それは正に、これから始まる演舞を思わせる。
同時に、天翼扇に風が集まり始め、集まり始めた風は徐々に周囲の空間を引き込む力を帯び始める。
『終幕…』
大地を蹴る紫龍ウィンザード。
それは、ただ一言に跳躍と表現できるものとは違う。
飛び上がり、扇を扇ぐ一連の動作は、それだけで見るものの視線を引き付ける舞いのよう。
力強く、しなやかで、鋭く…
「「「風塵っ! 龍応砕牙っ!!」」」
扇から、特大の真珠のような風の珠が放たれる。
その風の珠を更に天翼扇から放たれる風が包み、向かう先はただ一つ。
「人間がぁぁ…クソ人間ごときがぁぁ!!いい気になってんじゃねぇぇぇ!!!!」
塞がれた全身の火器を広げてそのまま火器を唸らせる。
蓋に無数のミサイルや弾丸が当たって内部で爆発を繰り返し、不自然な衝撃と爆発で奇妙なダンスを披露するドールハウス。
幾つかの蓋が破壊され、ボロボロの火器の口からミサイルが放たれる。
しかし…、風の珠を跨いで紫龍ウィンザードを捉える筈だったミサイルは、あらぬ軌道を描いて風の珠に飲み込まれる。
1発2発の話ではない。放つ弾の全てなのだ。
そして風の珠はついに、ドールハウスの腹を捕らえ、その堅牢な装甲を砕いているのか蝕んでいるのかとも分からぬ様で食い込んでいく。
「バカなぁぁっ!!こんな…こんなやつにぃぃぃ!!!」
呆れるほどの硬さを持つはずのドールハウスのボディが、内側へと次々に凹んでいく。
全身の火器もまた歪に拉げていき、徐々にそのシルエットを歪めながら小さくしていく。
全てを引き込む風の珠がドールハウスを飲み込んでいき、ついに圧縮に耐え切れなくなったドールハウスだったボディが、特大の火柱と爆音を上げて、その最期を知らしめるのだった。
『「「「演目、終了…!」」」』

 

 

 

Next >>