一際強烈なプレッシャーを持っていた真紅の超獣王はほど無くして合体を解除し、クロスフウガとガイアフウガに分かれる。
「釧…」
「超獣王か…確かに凄まじい力だ…だが」
釧が自らの仮面を外れぬよう掛け直しながら、クロスフウガに振り返る。
「思い違いはするな。あれは本来、我が友カオスを以って成し得てこそ…その代用をしたまでの事だ」
「…友…か…」
釧もまた変わり始めている。
抜き身の刃の如き復讐者だった釧から、友という言葉を聞けるとは思ってもいなかった。
「いつまでそこで見物してる気だ!」
ヴォルライガーが見上げる先に居るのはレプリ=カーレイヒだった。
「あれ等を屠るか…割と強めのを選んだつもりだったが」
「フザケんなよ…フザケんな!!あの二人を殺しておいて見物決め込んでんじゃねぇ!!」
今にも飛び掛りそうなヴォルライガーの隣に、レクスが歩み出た。
「何があった」
その問いを前に、飛び掛りそうな勢いを押し殺し、拳を震わせながら志狼が答える。
「…すまねぇっ!パトリックさんとルイーゼさんが叩き潰されて…助ける事が…っ」
「気にするな、あのバカ師匠は例えミンチにした上で擦り潰したって死ぬ奴じゃない」
「え…」
聞いていなかったのか、はたまた頭から信じていないのか…。どうも話し方に温度差がある。
「のぉレクス…日頃から言うておろう」
声が響く。それはどこから発せられるのか、方角も定まらない、しかしハッキリと聞こえる。
死んだはずのパトリックの声。まさか…と顔を上げる勇者達の中で、レクスだけ戦慄に染まった顔で身構える。
いや、構えた瞬間突然の爆発で吹き飛んだ。
「な…!」
「!?」
皆の視線がレクスを追うが、次の瞬間全く意外な人物から悲鳴が漏れる。
レプリから派手に剥ぎ取られるローブ。
その剥ぎ取った主が、あのパトリックだった。
それはそれはもう、突き抜けるような嬉々とした表情で。
「バカと付けたければ、一度でもワシを倒してからにせい」
してやったり…といった顔で悠々と着地するパトリック。
もはや突っ込むのも忘れて皆呆然とし、娘であるライフすら呆れてそっぼを向く始末。
それはレプリも同様。
いや、ローブを盗られた分、ショックからだろうか非難の色が濃い。
ローブを失ったレプリは、チャイナドレスに近い、羽装飾と際どいスリットが目を引く装い。
どうもそんな装いを隠そうとする仕草から、ソレを隠す為にローブを着ていたのだろうが、それなら何故そんな装いなのだろうか。
突っ込めないのか、あえて触れないのか、微妙な間が流れる。
「ウヒョ〜ええスタイルしとる…」
「はぁいは〜い、痴漢はもう一度寝てましょうねぇ〜」
鼻息を荒くしていたパトリックの顔を小さい手が鷲掴みにすると、その手の主、ルイーゼは、手に魔法の光を漲らせ、思い切りパトリックの頭を地面にたたき付けて沈める。
志狼は安堵する間も無いまま、足元で倒れているのか不貞腐れているのかも分からないレクスに問う。
「…いつもああなんすか…」
「…気に病むだけ無駄だと分かったか…?」
がっくりと肩を落とす志狼。
レクスは爆発で負った負傷はさほど酷くはないのだろう、漸く立ち上がる。
「あいつが言った、“永遠の茨”“永遠の鎖”も、あの二人の不死の力を見越した物言いだろう」
再びレプリを見上げる。冷静を取り戻したレプリが、ゆっくりと降下し、音もなく着地した。
それは、一先ずの戦意はない証明であり、同時に何やら話す事があるという意思表示。
皆一旦、各々の勇者から降りて向かい合う。
「問う…」
そこに立ち並ぶ勇者達を一人一人見据えながら、やはり感情の色が読めない声で静かに迫る。
「何故お前達は、オルゲイトの提案を蹴る?」
そんな問いに、誰か溜息を漏らす。
「人の宝も希望も横取りする泥棒と組む気になれねえな」
志狼の即答を前に、今度はレプリが小さく溜息を漏らした。
「お前達の実力の程は見極めた。お前達ではオルゲイトに敵わない」
一度目を伏せ、そしてその視線はレクスを捉える。
「せめて、お前だけでもどうか?」
皆の視線がレクスに集まるが、まるで気にも留めない。
「いいだろう…但し俺の下につくのなら…な」
「はぁ!?」
滅茶苦茶な物言いに眉を顰める者も少なくはない。
極めつけは見事な乾いた音を立ててレクスの頭を叩いた物体…
「…藪から棒に聖書投げる聖職者があるかよ…」
「藪から棒はどっちよ!冗談言わないでよ!!大体パトリックさん達が永遠のって呼ばれてるのを知ってるってコトは、結構前から見てたって事じゃない!」
「半分本気だ」
批難轟々の剣幕でレクスに迫るが、レクスは呆れ顔で取り合おうとしない。
寧ろ絵に描いたような清楚な聖職者のイメージを持っていた志狼の方が、意外な一面にたじろいでいた。
「仮に…軍門に下ると答えた時、どうする?」
誰もが一瞬眉を顰めた。
当然といえば当然だろう、その口調も表情も、真意を探るには無機質だった。
「さあな…但し変わらず粗相を働くなら、即刻消し炭にする。覚悟はしておけ」
レクスの返答に何を思ったか、ただ目を伏せる仕草からはやはり真意を窺い知る術は無かった。
「その半分本気には沿う事はできない。お前も…お前達も…オルゲイトには勝てない」
それだけ言うと踵を返す。
「待て」
去ろうとする仕草を取るレプリに、ブリットがルシファーマグナムをその後姿に向けながら静止を促す。
しかし全く意に介していない。
あれほどの使い手がまさか気付いていない筈もないだろう。
銃声が一つ響くが、レプリは避ける素振りもなく、また命中した様子もない。
その直後、被弾しなかった理由を物語るように、その姿が希薄になり、消えていく。
今更驚く程の事ではない。恐らく魔法で撤退したのだろう。
「急く必要はない。オルゲイトは既にお前達に強い興味を抱いている。嫌でもいずれ再会する事になる」
捨て台詞と共に、気配も完全に失せる。
「完全に去ったようですな」
「・・・ですな」
誰もその気配の行方は終えない。
ただ、一先ずは危機は去ったという事だろう。
「っぷっはぁぁぁ!!」
おおよそ緊張感から遠い変態が、地面からようやく頭を掘り起こす。
「…何じゃ、誰かワシの心配しておらんかったんかぇ?」
白い目が突き刺さるもナチュラルにとぼけて返せるのは、ある意味才能かもしれない。
「それより確認したい事があります」
突然パトリックと傍らにいたルイーゼに問い掛けたのは琥珀だった。
「貴方達は…まさか不死に手を…」
その表情は険しい。
生命の奥義書を巡っての数百年来の戦の渦中にある琥珀からすれば、複雑な想いを抱える種に違いない。
「…そうでもして怪物を封じ続けないと、私達の世界は…」
隠すのも無駄と悟り、またあえて隠す気もない。
不死が如何なる物か、事実体験している二人からすれば、おおよそどんな心情で訊いて来ているのかは分かる。
ルイーゼのその哀愁の色を伺わせる遠い目。そして琥珀の眼に聞こえる声。
琥珀はただ、「そうですか…」と呟く以外の答えが出せなかった。
「正直、別世界に放り出されるなんぞ全くの想定外じゃ…アレがどうなっておるか気に掛かるのぉ」
「世界の心配する神経は持ってんのね」
…まぁトーコの質問もご尤もである。
「失敬な…ワシほど世界の行く末を案じておるジェントルメンもそうそうおらんぞ?」
「「「「おい!!」」」」
「おおぅ!?」
皆から盛大に突っ込みが飛ぶ。
が、不意にパトリックが握っていたローブから何かが転がり落ちた。
気付いたルイーゼが拾い上げ、まじまじと眺めてみる。
「んんー?何かしら、この小さなモノリス」
それは…
「ちょ…!」
勇者達が…
「ま…待ってよ、何で!?」
オルゲイトを追ってきた理由…
「何でそれがここにあるんだよ!!」
BANから強奪された、極秘データチップに他ならなかった。


そこは、壁も柱もなく床も天井もない…ただ、回廊という概念だけが存在する通路。
壁の代わりになるものといえば、数々の品が納められた、無数の円筒形のガラスケースのようなものが両脇に不規則に並んでいる。
レプリはそこを歩いている。
靴が床を叩く音も無く、大地を踏み締めている感触もない回廊を進んでいる。
「レプリ」
聞き覚えのない男の声。しかしその声の主が何なのか、レプリは確認するまでもなく知っている。
「折角のコレクションを返してしまうなんて、あんまりじゃないか」
突然目の前に現れるローブ姿の男。
やはり、何もないのに何かに座っている…空気椅子と言えば滑稽にも聞こえるかもしれないが、恐らく椅子のような何かに腰掛けているのだろう。
「予想外の行動を取る魔術師に、ローブごと奪われた」
「じゃあそういう事にしておこうか…しかしどうしてくれるんだい…蒐集欲が脳髄を食い破りそうだよ」
話を聞いているのかいないのか、相変わらず欲望を隠そうともしない嬉々とした笑みを浮かべる。
「あのチップも、備えの力達も、恐らく残りのノイズ達もそうだろう…嗚呼…全部欲しいなァ…」
嫌でもその神経が理解できてしまう。その事実に小さくため息をつくレプリ。
「そうそう、コレクションを取りこぼしちゃったアナタに…お仕置きしてあげなくちゃネ!」
喋りながら突然声色が大きく変化する。
突然女性のシルエットに変化したオルゲイトは、空間に隙間を作り出すと、その中で様々なモノを漁り始める。
「コレがいいかしら?それともコレぇ?…あら?」
視線を戻してみると、レプリの姿が無い。
「もぉ〜困ったちゃんねぇ」
別の空間の裂け目を作り、手を突っ込んで引っ張り出せば、首元を掴まれてジタバタ暴れるレプリの姿があった。
「いやいやいやいやお願いもう勘弁してクダサイ!」
基本無表情のレプリが半泣きで暴れる。
「だぁめっ!今日は…ちょっと控えめにこのボンテージなんてどうかしら」
至極楽しそうに際どい衣装を取り出すオルゲイト。その目はまた軽くイっちゃっていた。


「さっきはすみません」
釧が振り返ってみると、バツが悪そうに謝って来た者、志狼の姿があった。
「何の事だ」
気配を辿った時点で誰かは分かっていたが、その顔を見てみたかったのは只の気まぐれだろうか。
「何故強いかって訊かれた時ッス…釧さんだって十分強いじゃ…」
「キサマには永遠に分からん問いだ」
素早い動作で飛び上がり、一瞬で姿を消す釧の姿を完全に見失ってしまう。
「あ…!」
恐らくそう離れる事はないだろうが…
「くっしーさん、少し嬉しそうだね」
「そう…かぁ?」
エリィの言葉の意味がどうも掴めず、志狼はこめかみに汗を浮かべて言葉を濁す。
「それよりエリィこそ、もう凹んでないな?」
「ダイジョーブ!いつまでもくよくよしないのがエリィちゃんの良い所なのだっ!」
これ見よがしに胸をはるエリィに、安堵半分、呆れ半分…。
「いや無茶やっておいて胸張られても困るけどよ…」
だが、そんな呆れも溜息1つで払うと、念押しするように迫る。
「どうせもう進むしかないし、あまり無茶苦茶するなよ!…それに…」
「?」
「た…頼りにしてるぜ…おじさん達と遺跡発掘してた経験が生きそうだしよ」
しどろもどろになりながら目を逸らす志狼。
「頑張れよぉシャイニングボーイ♪」
「うるせぇ茶化すな!!」
ニヤニヤしながら手を振るトーコに鋭く指差し突っ込みを入れるが、果たして心中でトーコと同じ呟きを漏らす者がどれほど居るだろうか。
その中でただ一人、志狼ではなくエリィに視線を送るレクス。
「先生、どうしたんですか?」
「…何でもない」
レクスが視線を戻した先には、彼の弟子であるラティアの姿。
「そういえば、ジャンヌちゃんは一緒じゃなかったんですか?」
「…お前達とも一緒じゃなかったのか…」
レクスの仲間達の視線が一斉にレクスに集まった。
皆一様に…中には多少例外はあるものの…驚きと焦りの色が見える。
「…あのおチビ…」
「よりによって一番迷子になっちゃいけない子が…」
溜息を漏らすライフと、項垂れるヴァネッサの様子を見ても、やはり少々厄介事になっているようだ。
状況が飲み込めない他の勇者達に気付いたのだろう、ライフが気疲れで重くなった口を開く。
「9歳児がたった一人で無法地帯に投げ出されたってコトよ…レクスが連れてるだろうと踏んでたけど甘かったわ…」
「うわ…そりゃマズイわ…」
やはり、前途に広がる問題はそう易々とは進ませてはくれないようだ。

「剣十郎さん、少しお話があります」
剣十郎を引き止めたのはシスティルだった。
どうしても気になる事があるのだろう、それを物語る緊張感がその表情にはあった。
「志狼さんの事について…」
「ふむ…何かな?」
そこまで切り出しておいて、システィルは果たして言うべきか否か迷い、僅かな間ではあったが言葉を詰まらせてしまう。
「志狼さんは…彼の力は、危険な域にあります」

「アンタか…エリィの保護者は」
剣十郎にシスティルが迫ったのとほぼ同じ頃、レクスはエリクに声を掛けていた。
「ええ、エリク=ベルですよ」
「単刀直入に…エリィについて聞きたい事がある」
ニコニコとした笑顔を見せるエリクだが、その笑顔の奥の深みを思い知らされる。
「おやぁ?あの子が気に入ったのかな?…残念、もう志狼くんという…」
そしてこの掴み所の無さである。
ベクトルは違えど、師のパトリックに何ら引けを取らない深み。
それを押して、あえて聞きたい事があった。
「そんな事を言っているんじゃない。アレは何だ…?」
友好的な笑顔を張り付かせたままではある。が、その光を照り返す眼鏡の奥で、何か確信があるのだろう、雰囲気が少し変わったのを見逃さなかった。

「先ほどの魔法、基礎体力の底上げと潜在能力の開放を用いてはみましたが、彼のマイトと呼ばれる力は、本来人間が持てる総量を逸脱しているように感じます」
「…それで?」
思う節があるのだろう、神妙な面持ちだが、人を威嚇するような眼光は抑えられ純粋にその先を促す。
「有り余るマイトによって肉体が物理的に廃人と化すか…精神が押しつぶされて正気を失うか…少なくともあれ以上の力を身につけるのなら、遠くない将来、志狼さんが”壊れてしまう”事は避けられません」
「…」
目を伏せる剣十郎。
それ以上の言葉を紡ぐには空気が重過ぎる。
システィルは黙って剣十郎の答えを待つより他に無かった。
「…マイトはある錬度に達すると、より洗練された力…上級マイトを発現させる。より強力なマイトとなる代わりに、マイトの総量はその伸びが止まるのだが…」
「ま…まさか…まだ錬度が足りていないと…」
肝が冷えるような次元だが、それ以上に志狼の身が持たない。
しかし剣十郎から聞かされた答えはまた違っていた。
「錬度は既に十分な筈…なのに上級マイトに覚醒する兆しも無い」
「では…剣十郎さんも…」
原因が分からず、疑問の種を抱えている…という事なのだろう。
言い換えるならそれは、志狼は無限の可能性と危険性の両面を内在している。
原因の究明と共に、今は志狼の無事を祈るばかりである。

「エリィの体内で、マナが正常な循環をしていない…彼女の中で際限なく彼女の力を吸収し続ける何かがある」
「…今、吸収している…と?」
レクスの言葉に、愈々エリクもその顔から笑顔が失せ、真剣な色が増してくる。
「ああ…知らないのか?」
「ええ…マイトが同じ動作をしているのなら、なるほど、内に向かって漏らさず吸収されているのでは感知のしようがない…原因も分からないまま、今まであの子にはマイトが無いと思い込んでいました」
眼鏡を指で持ち上げながら呟くように語るエリク。
彼もまた人の親。娘の異常に心を砕いているのに違いは無い。
「一先ず健康面で異常は無さそうだが…大事を取って早い所解決させるに越した事は無いな」
「ええ…重大なヒントになりそうです」
そこにあるのは希望だろうか、絶望だろうか…。

 

 

 

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