街はそこそこ規模があり、活気もある。
黄褐色の砂レンガ製の1階建ての建物が軒を連ねる町並みは、中東の下町を彷彿とさせるが、やはり人々が纏う衣装は趣がまた違ったものである。
何よりシスティル達と同じように様々な種族が当たり前のように入り乱れている辺り、改めて異世界であると実感させられる…のが普通だ。
しかし、そんな街の人々は彼等を見るなり奇異の視線を向け、行く道を空ける始末であった。
それは人々が極端に余所余所しいわけではなく、彼等の中の一部がどう見ても異常であったことに由来する。
「ねえラシュネス…」
街の人々の異常な視線が、この幼さを備えた心を持つロボットが牽く”もの”に注がれている事に気づいたのは、程なくしてだった。
陸丸が思い切ってラシュネスに尋ねて見る。
「そのさ…何でジャンクさんが”そう”なってるの?」
そう、陸丸に限らず皆の記憶が確かなら、未だにダルそうに寝転がるジャンクは、ラシュネスが牽く大きな(普通の人間基準で)猫車の中で横たわっているだけの筈だった。
「ああ、トーコがベッド作るって言って作ってましたよ」
違う。誰がどう贔屓目に見ても、あれがベッドと言い張れる神経は持ち合わせていないだろう。
「どう見てもアレ、棺桶じゃ…」
「ご丁寧に花まで敷き詰めてやがる…」
ココロや拳火までも漏らすが、誰もが胸の内で突っ込んでいるだろうその光景。
「あークソ…息苦しくて寝られやしねぇ…」
いい加減鬱陶しそうに顔の周りの花を払うジャンクに、トーコが補足を加えた。
「ああその花、敷き詰めたのライフって子よ?」
(((いや、第一声がソレでいいのか!?)))
誰もが腹の内で裏拳付きの突っ込みを加えそうになるが、更なる追い討ちは花を手向けた人物から聞かされる事になる。
「実験材料に良いのが見つかったのよ。置いとく場所が無かったから一緒に詰めておいたわ。あと気をつけてよね、ソレ花粉を吸ったら呼吸困難を起こす毒草だから」
「「ちょっとマテェ!!」」
「ナンデヤネン!」
誰ともなしに、ついに突っ込みの台詞が零れる。
そして前触れも無く倒れるライフ。
「それにしてもここ、酸素薄すぎるわね…」
勿論そんな事はない。そしてその原因は…。
「「摘んで来たアンタも吸い込んでるんじゃないか!!」」
案外この錬金術師ダメかもしれない。
「ちょっ…!解毒解毒!誰か薬!」
「ママ!ちょっと大変!」
「もぉー血相変えてどうしたのよー」
「そりゃあ、毒草まぶした棺桶引きずってりゃ、皆引くよな…」

一同がそんな気疲れするようなやりとりをしてる間に、ラティアを連れて楓が帰って来た。
皆と別足で、彼女達がはぐれた仲間の情報を収集していたワケだ。
「どう?何か分かった?」
楓に問いかけるが、どうも芳しい状態ではなかったようだ。
目を伏せて首を横に振るのみである。
「ダメか…」
「ここの人達は私達と装いが違うから、見た人が居ればすぐ分かるでしょうし…そうなると、この一帯に落ちた可能性は低いか、まだ人里まで降りていないか…」
「最悪、オルゲイトに捕まっている可能性も…」
誰からともなく沈み込みそうになるが、そんな空気を察してか否か、同行していたラティアが割って入る。
「あの、大した収穫じゃないかもしれないけど、一応このデューオ一帯の地図も手に入りましたし、当面の食料も…」
進み出たラティアは確かに、大きな紙切れと、サンタクロースと張り合えるような大きな麻袋を重そうに担いでいる。
「…そうですね、地道でも探していく事にしましょう。オルゲイト=インヴァイダーほどの相手、備えも着実且つ綿密にしておく必要もあるでしょうし…」
申し訳なさそうに麻袋を置くラティアの肩に、琥珀が手を添えながら言う。
実際、食料が手に入ってしまえば、暫く食い繋いで対策を講じる暇も出てくる。
一刻も早くはぐれた仲間と合流したいことに変わりはないが、焦ったり沈み込んでは元も子もない。
「さて、意見も一応纏まった所だし、そろそろ名乗り出てもいい頃合ではないかね?」
剣十郎が遠目に見ている街の人々の一群に視線を向ける。
雅夫やパトリックもまた、飄々とした様子ながら剣十郎と同じ方向から目を離さない。
その様子に、皆それとなく警戒する。
「ふむ…あくまで白をきる気かね?」
剣十郎がゆっくりと人々の方へと歩み寄り始める。
その様子は、まだ誰もが卒倒するような気迫こそ放っていないものの、十分に威圧感があり、それだけで人の垣根が左右に割れ、ローブに身を包み隠す一人の人物を浮き彫りにする。
「神気を宿す鬼…お前達がノイズの1つを拾ったか」
その人物から聞こえたのは澄んだ女性の声。
感情らしい感情は乗っておらず、非常に淡々としたものだった。
剣十郎達は、神気を宿す鬼という言葉に、システィル達はノイズという言葉に、引っかかるものを感じた。
そしてその物言いから彼女が何者であるか察するのに、時間は大して必要ではない。
「やはりオルゲイトの…見つかるのが思ったより早かったかな」
軽くため息を漏らす雅夫だが、そんな態度の裏ではいつでも暗器を手に斬り掛かって行ける用意があった。
「出来れば先ずは名乗ってもらいたいのぉ…序でにそのローブも脱い…いやいや何でもないわい!」
不敵な笑みで雅夫に続いていたパトリックだが、彼の真意をよく知るルイーゼが彼の後頭部に拳を突き付けてグリグリ押し込んで来る。
目が笑っていない笑顔を称える彼女は、パトリックがその先を呟いていたら頭を吹き飛ばしていたかもしれない。
この静かな緊張感の中にあってそんな口が叩けるパトリックに、誰ともなく気が重いため息を漏らすが、そのローブの女性はそんな下心も全く意に介さない。
音もなく宙に浮き上がると、再び淡々とした口調で言葉を紡いだ。
「答えよう…レプリ=カーレイヒ」
レプリ=カーレイヒと名乗ったローブの女性は、フードを取って皆を見下ろす。
細い顔のラインにやや切れ長の目を持つ彼女の、その表情は一体何だろうか?
無表情かといえば少し違う。憂いというべきか哀れみというべきか、しかしその感情が言葉の端に出る事もない。
「本来はノイズの正体を探りに来たつもりだったが…お前達まで居ようとは…」
その言葉の額面通りなら、彼女…レプリにしても、志狼達の発見は偶然だったようではある。
「永遠の茨と永遠の鎖…問おう」
緊張感に欠くパトリックとルイーゼが、ふと顔を見上げる。
その言葉の意図する所に心当たりがあるのだろう。
「世界の破壊者に対し、我らと共に備える気はあるか?」
「いやぁ…破壊者に対する備えが欲しいのはワシらも同じでのぉ…」
皆の視線がパトリックへと集中するが、彼はそんな事意にも介さない。
「尤も…」
「人のものを節操無く盗むような真似はしないわよぉ」
「結論を言おう」
ルイーゼと共に言い放つパトリックの視線が、只の変態親父のソレから、猛禽類を彷彿とさせる座った目つきへと豹変する。
「相容れんナァ…」
口調は変わらない。だが既にその雰囲気は先程までのものとはまるで別人と化す。
「…そうか」
そんな気配を漂わせても、レプリは一切動じない。
小さくため息を漏らすと、突然周囲の景色が掻き混ぜられていく。
勇者達から見れば、自分達の足場だけ切り残されたまま、周囲の景色を特大シェイカーで掻き混ぜているかのような光景。
しかしそれも、驚きの声を上げる一瞬の間で終わる。
そこは街外れの広い林道だった。
紛れも無くそこは、つい先程街に入る直前に通った林道である。
「わざわざ場所を移してくれるなんて、気が利いてますね」
「宝を傷つけるのは私の主義ではない」
エリクの言葉にもまた、淡々と返す。
街中での戦闘は避けられたが、再度激突は避けられないと、皆悟る。
レプリが更に高く空へ舞い上がると、その足元に足場を作るように、水平に魔法陣が一瞬で描かれていく。
「出でよ」
その魔法陣から、下に向かって鋼の爪先が伸びてくる。
「ガーナ・オーダが忍邪兵…」
魔法陣からゆっくり伸びてくる巨大な足。
それは徐々に腰・胸と姿を現し、太刀を携えた全身を現すと地響きを立てて着地する。
全長40メートルにも匹敵する巨躯は、所々から紫電を迸らせていた。
「アレは…!」
その姿に唯一見覚えがある楓は、トリニティでもオルゲイトのゴーレムでもない見知った敵の姿に微かな動揺を覚える。
「勇者ども…今度こそ信長様の為、斬り伏せてくれようぞ!」
鉄武将ギオルネ…彼が黒曜の邪装兵と一体となった忍邪兵ギガボルトが悠然と立ち上がる。
合体した勇者達の更に倍近い巨体と目の前で対峙するなど、それだけで十分圧倒される威圧感がある。
皆、張り詰めるような緊張と共に、それぞれの相棒の召喚器に手を伸ばす。
その中でパトリックだけ、また飄々とした中年の顔に戻り…
「何じゃ…レプリたんが相手してくれるんじゃないのか」
「やかましいわ!変態オヤジ!!」
志狼の怒声交じりのツッコミが飛んだ直後の事である。
「余所見など!!」
ギオルネが振り上げた太刀が、皆が立っていた大地へと叩き付けられる。
誰もがその巨躯に似合わぬ速さに驚きながらも飛び引き、ある者は抱えられ、大地が叩き割られる衝撃波にきりもみ状態になりながら辛うじて回避する。
だが…。
「!?」
飛び引く事もせず、その太刀の下へ、パトリック夫妻の姿が消える。
「おい…冗談だろ…?」
土煙が止むと、そこには二人の無残な姿があった。
派手に割れて捲り上がった土柱に、おびただしい量の血痕が付着し、肉片らしいものすら見つからない。
その血痕の血量は、その地面の下で大人二人分の身体が破裂したと説明するには十分過ぎるほど、無残なものだった。
あまりの事に苦々しく目を伏せる者もいる。
「バカな…」
ブリットも呆気に取られてしまう。
確かに素行に問題あり、のらりくらりとしてはいたが、内に秘めたものは剣十郎や雅夫並のものがあると察していた。
だが彼らは避ける素振りも防ぐ素振りも見せずに叩き伏せられてしまったのだ。
「テ…メェぇぇぇぇ!!」
志狼の雄叫びが辺りの空気を震わせ、召喚したヴォルネス共々ギオルネに飛び込んでいく。
ナイトブレードを振り被り、大上段から切りつけるが、体格は大人と子供どころか、巨人と小人ほども違う。
ヴォルネスの身の丈を軽く越える太刀がナイトブレードを受け止め、その衝突は空気を裂くような稲妻を撒き散らす。
だがそこで終わりではなかった。
『ライガァァド!』
ヴォルネスの声に続くように一条の雷がギガボルトの頭上に降り注ぐと、その雷が直撃する直前、雷がライガードへと姿を変え、ヴォルネスに続くようにギガボルトの首元に噛み付いていく。
「ええい、小癪な獅子めぇ!!」
腕を大きく振り、ヴォルネス共々ライガードを振り払うが、その振り払った瞬間…。
「雷獣合体!!」
振り解かれた2体はそのままヴォルライガーへと合体し、ライガーブレードを振り抜く。
「…2人…」
ヴォルライガー…志狼の伏せた顔からはその表情は伺えず、小刻みに震える体からはピリピリと火花のように雷のマイトが溢れては弾ける。
「俺は…今…二人も見殺しにしちまった…!」
ヴォルライガーの伏せた顔。その先にあるのはギガボルトの太刀が刻んだ大地の裂け目。
「戯言を…戦う意思に関わらず、戦場とは常に死と隣り合わせだ。剣を握る者が、ソレも分からぬか!」
「だから誰彼構わず殺すのかよ骨董野郎!!」
志狼の怒りがその身体から、紫電としてけたたましく弾ける。
他の者が近付くことも出来ないほどの電圧を帯びた紫電が溢れ、それでも荒れ狂う激情は志狼の心を掻き立てる。
だがそれでも、目の前に立ちはだかる黒曜の武士が”大きく”見える。
確かに全長は優に2倍近い巨体。だがそれだけではないのは、相対する志狼にも分かる。
「志狼!」
ヴォルライガーの隣に並び立ったのはクロスフウガである。
「気をつけるんだ志狼。如何に君でもギガボルトが相手では荷が重過ぎる」
「ク…ッ!」
再び振り下ろされる太刀筋は、先程のものより更に速く、また強力な雷を宿した一撃。
あの巨体で忍巨兵級のスピードと機動性を持ち、一撃一撃の重さはヴォルライガーのソレに重量差を上乗せしたものは十分にある。
直撃を受けてはヴォルライガーでさえ危険だろう。
斬撃をギリギリながらも回避し、ギガボルトに2体で斬り上げていく。

志狼が飛び出した直後、翡翠までもがクロスフウガを呼び出したのには、皆恐れ入った。
皆の視線が集まる翡翠は小さな拳を震わせながら、レプリを睨みつけていた。
「ガーナ・オーダの…どうして」
自分の世界の仇敵との関係を伺わせる相手であれば警戒もする。
或いはこの世界のように複製された代物か、それともチップのように奪われた代物か・・・。
何れにせよ、危険な力…そして今、バラッド夫妻の命を巻き添えにして奪った事を気にも留めない危険な思考。
「止めるしか無さそうですね。ギガボルトも、オルゲイトも…風雅流忍巨兵之術っ!!」
楓が鳳王之黒羽からクウガを開放し、その中へ飛び乗っていくと、近くにいたライフを見下ろす。
他でもない、今押しつぶされたバラッド夫妻は彼女の両親。ライフの様子が心配だった。
「ライフさん…?」
ただ沈黙のまま前に進み出る彼女の表情を伺うことはできない。
しかしその様子、動揺とは何かが違う。
静かに腰の鞄から卵型の物体を持ち出すライフ。
「やっぱり慣れないわね、家族が目の前で潰れていく様って…」
動揺ではない。その語尾からはほんの微かに怒りの色が見て取れた。
しかしそれにしても反応が小さすぎないか。
(何なの…この違和感)
楓がそんな感想を抱いている間にも、ライフは更に続ける。
「サモン・ゴーレム」
ライフが取り出した卵型の物体…ゴーレムオーブの中央の石が光り、光の塊が飛び出し、それが人型を形成していく。
人型の光は16メートル程の鋼の巨人となり、その場に現れた。
「フレイゴーレム…行くわよ」
左腕を覆うような巨大なナックルを持ち上げながら、フレイゴーレムと呼ばれたソレが悠然と立ち上がる。
「変態オヤジでもよぉ…一応コイツのオヤジさんだ…俺もいい加減黙ってられねぇ」
ゴツい手の平がフレイゴーレムの頭をポンポンとはたく。
もう片方の手で特大のハンマーを担ぎ上げ、ギリリと口の端を噛み締める男…。
フレイゴーレムより更に巨大な彼、巨人族のバジルも立ち上がる。
「筋肉バカ…ゴーレムを子供扱いしないでもらえる?それに…パパもママも死んだと断定するには…」
「どっちにしてもだ!さっさと終わらせてやらぁ!」
なるほど、彼女はまだ両親が地面の下で生きていると信じているわけか…。
若干の引っ掛かりは感じるが、一先ずそう解釈しておく。
「ユマ…」
ブリットはすぐ隣にいる少女が、拳を握りしめて震えているのにも気付いている。
そして、その理由は…語るまでもない。
「大丈夫…大丈夫です!ライフさんも戦う気でいるのに…っ」
ユマの肩にそっと手を置くと、ブリットは息を整え、マグナムを高く掲げる。
「…行くぞ」
ブリット達の近くでは、レプリを鋭い視線で見上げる拳火と水衣の姿があった。
「直ぐにそっから引き摺り下ろしてやる…紅麗!」
「ああ、いつでも行ける」
「蒼月…」
「ええ、良くってよ」
二人は全く同じ動作で、手の平に己の拳を突き当てる。
「鋼牙、石鷹、土熊…オレ達も行こう!」
「おうよ!」
「最早黙っては居れません!」
「好き放題させてやるのもここまでだァ!」
長い槍を素早く回転させながら声を張り上げる陸丸の周りで砂塵が巻き上げられる。
「武将合体!!」
「闘龍合体!!」
「堕天合体!!」
3つの力の奔流が降り立つ。
褐色の、紫の、漆黒の鎧。
「「「志狼!!」」」
皆が一斉に、巨大な武人と激闘を繰り広げるヴォルライガーとクロスフウガの元へ駆け出す。
しかし…。
「!!止まれ!」
ブリットが声を張り上げ、皆が急停止した瞬間だった。
目の前に突然夥しい量の弾丸が降り注ぎ、連続的に凄まじい爆発を巻き起こす。
爆煙の大きさはその威力を物語るが、更にはその量も文字通り弾丸の豪雨と言わんばかり。
一瞬でも止まるのが遅ければ、纏めて蜂の巣にされていただろうその光景に、ブリットは嫌な胸騒ぎを覚える。
「あァァ?惜しいな、クソ勇者のグチャ混ぜミンチになると思ったのによぉ」
耳障りなほど不愉快な口調。そして何より…
急に空から落ちてきたソレは、地面を強かに叩きながらも平然と立っていた。
「やはり…コイツもか」
女性型を彷彿とさせるシルエットと、過剰なまでの火器…不釣合いな組み合わせのそれが、狂気と威圧感の下にマッチしたロボットがそこに居た。
「メデュー…ドールハウスまで…!?」
それは、ヴォルライガーの世界の敵性体。
破壊と殺戮の魔王にして、大魔王が創造したマスターゴーレム。
「まァいい、じっくり聞かせてもらうぜぇ!お前らの断末魔も肉が小気味良く潰れて飛び散る音もぉ!キャハハハ☆」
危険。正にその直感の下に皆、一斉に飛び引く。
まさにソレと同時だろうか、ドールハウスの全身の火器から一斉に膨大な弾丸が撒き散らされる。
それはほんの一瞬のうちに地面を爆煙の絨毯に塗り替えてしまう。
「アハハハハそぉら…そこぉ!!」
ガトリンクを撃ちっぱなしにしながら、その銃口で気配を追う。
「不味いわね…っ」
そこに居たのはフレイゴーレム。
ドールハウスに阻まれた者の中で、機動性では最下位であろうソレでは、ただ走るだけではどうにもならない。
一気に背中のマナブースターを噴かせ、加速する。
「真っ直ぐかっ飛ぶだけかァ?」
直線に飛ぶだけではその動きは単調。実際ガトリンクの弾丸の雨は、加速したフレイゴーレムを捕らえつつあった。
「キャハハハ!まず一匹目ェェ!」
「…になるのはお前だぁっ!」
ドールハウスの背後を取った紫龍がその拳を突き出そうと…
「ざぁぁんねん!テメェだ」
拳を繰り出そうとした紫龍は、背中越しに感じる自分に向けられた殺気に気付くと、反射的に身を捻る。
脇を掠める弾丸の雨。
何時の間にやらドールハウスの小脇から、ガトリンクの口が覗いていた。
「デタラメな所も相変わらずね」
「クソッ!」
更にガトリンクの銃身を振り下ろして殴りつけてくる。
飛び跳ねてソレを回避するが、本来精密な構造でこのような乱暴な扱いは好ましくない筈のガトリンクも、尋常ならざる硬さでそのまま強力な鈍器にしてしまうのだから恐れ入る。
「呆れた火力ですね…コウガすら丸腰に見えるくらい」
「火力だけじゃありません。あの装甲も、滅多な事では傷1つ付きませんよ」
如何に攻略するか、途方も無い力任せっぷりの相手にため息をつく楓。
しかも力任せの破壊魔の割りに、意外と機転が効くから余計厄介だ。
思案している間にも当然ながらこの破壊魔は夥しい弾幕を広げてくる。
ジリ貧とはよく言ったものだ。

「このクソ眠い時に騒いでんのは誰だよ…」
半眼になって棺桶型ベッドから半身を起こすジャンク。
ラシュネスやトーコを始めとしたウィルダネス出身者や、非戦闘員の面々を除き、皆パートナーの勇者達と共に戦闘を繰り広げていた。
「しょーがないじゃない。何だったらジャンクもやる?」
「あぁー遠慮しとくわ」
再び棺…ベッドに身を沈めて寝返りを打つ。
毒草を耳栓代わりにして。
「ジャンクはともかく、やっぱアタシ達も」
「そうもいきませんよ」
腕をぐりんぐりんと回していたトーコに釘を刺したのはイサムだった。
「あの要塞女の火力といい、デカブツの電撃といい、迂闊には近付けねぇよ。琥珀さんやエリィに…ええと、ドリル頭のお嬢様やら犬娘や尼さんを放っておくほうがヤバイ」
BDもそれに続く。
「さりげなく酷い事言ってませんこと!?私の名はヴァネッサですわ!私の名前も覚えられないんですの!?」
「あー分かった分かった…」
噛み付くヴァネッサを軽くあしらいながら、再び状況を再確認する。
一先ず牙を剥いて来るのはあの2体だが、どちらからにしても、こっちの面々が流れ弾1つでも食らえば間違いなくあの世まで吹き飛ばされるだろう。
動くわけには行かないが、どちらも戦況は思わしくない事に変わりはない。
「どっちか崩せると違うんだけどねぇ」
頭を掻くユーキを知ってか知らずか、進み出たのはシスティルだった。
「誰か、テレポートの魔法を使える方は…?」
皆の視線がシスティルに集まった。


剣と太刀の刃がぶつかり合うだけで、辺りを引き裂くかのような稲妻が飛び散る。
その巨体に似合わぬ常識外れな速さを持つギガボルトに電光石火で食らいつき、激情の叫びと溢れ出すマイトを乗せて斬り付ける。
嫌でも脳裏に浮かぶ母の最期。
それを繰り返さない為に剣をとった筈だった。
それが今はどうだ?
よりにもよって彼らの娘の前で同じ悲劇を繰り返してしまったではないか。
「お前は…っ!!お前はぁぁぁぁぁ!!!」
「志狼!!」
クロスフウガが諌めようにも、あの勢いを止める術が思いつかない。
確かに彼の底力は凄まじい。
しかしこの相手は激情に流されて勝てるような相手ではないのも承知。
「クッ…緑の剣士!貴様の実力は確かに驚嘆するに値する…だが!!」
ヴォルライガーがギガボルトの太刀を切り払った瞬間、目の前にあったのは漆黒の塊。
「!!」
激しい衝撃がヴォルライガーを襲い、尚も加速して押し飛ばしていく。
それはギガボルトの肩。
体当たりを思い切り受け、吹き飛ばされてしまう。
「さぁ!我が太刀の錆にしてくれる!!」
地面に叩き付けられたヴォルライガーに一気に迫り、太刀を大きく振り上げる。
「させん!」
ギガボルトの顔めがけて裂岩が飛来する。
その軌道を首を反らして避けると、凄まじい速さで近付いてくる気配に向けて太刀を薙ぎ払う。
その気配の正体は他でも無い、クロスフウガである。
クロスフウガはその太刀筋を飛び上がりながら身体を大きく捻り、紙一重で避ける。
太刀から迸る紫電が真紅の装甲を焼き、翼として広がる裂岩が太刀の刃を掠め、軽くバランスを崩すものの、その胸に飛び込むようにして斬影刀を突き立てる。
「まだだぁぁぁ!!」
更には跳ねるように飛び起き、その勢いでライガーブレードを振り被り…。
「うおおおお!!」
今度はクロスフウガもろとも、ヴォルライガーは吹き飛ばされる。
剣圧だった。
あの体勢から強引に太刀を振り上げ、大地を叩き割る。
大地は広く岩盤を割り、巨大な石柱を起こすほどの剣撃。
自身の紫電とは質の違うスパークを走らせる肩も物ともしていない。
「信長様の世の為…貴様らのような火種を駆逐するまで、倒れるわけにはいかんのだっっ!!」
雄叫びをあげるギガボルトを前に、体中の軋みを押して立ち上がるヴォルライガー。
「うるせぇ…そんなヤツ、教科書ン中で大人しくしてやがれよ…っ」
志狼の全身から力が抜けていく。
ソレは肉体の限界からではない。
全身の代わりに足にマイトが集中してく…。
一方でギガボルトも、自身の太刀を水平に構え、紫電をほとぼらせて…。
「逝けぇい!! 業雷、魔刃剣ッッ!!!!」
「雷鳴刃ッッ!!」
雷独特の、空気を引き裂く轟音。
ソレが重なり合い、鼓膜を破りそうなほどの鋭い音が、網膜を焦がすような鋭い光がぶつかり合う。
強烈な激突の直後、何かが宙を舞う。
大きく回りながら高く弧を描き、地面に突き立つもの。
鍔に獅子の頭があしらわれた剣。…ヴォルライガーのライガーブレードが弾き飛ばされていた。
「クッ!!」
「最期だ!緑の剣士ぃぃ!!」


それは何と形容したらいいだろうか。
破壊の化身と言うべきか、狂喜する要塞とでも言うべきか…。
ただ呆れるばかりの火力と装甲に、誰もがなかなか打つ手を見出せずにいた。
「そぉらそら!最初にミンチになってくれんのはどいつだぁ?キャハハハ!!」
ガトリンクが辺りの大地を貫き地形を変え、雨のように振ってくるミサイルは空を瞬く間に炎の朱に染めてゆく。
奇しくも立ち向かうのは、その殆どが近接戦闘を主体とする勇者。
唯一射撃を主体とするウォルフルシファーも、物量と出力で劣る。
牽制等試みても、厚い守りの前に意味を成さないか、巧みに返されるのがオチだった。
勇者達の間合いを殆ど制圧され、好き放題の弾幕の中を逃げ惑うように避け続ける。
注意を分散して隙を作ろうにも、逆に火力に圧倒されてしまっているのだ。
「近付こうにもコレじゃ…」
誰ともなく悪態をつく。
無論誰もが思っている事。
「やるなら…強行突破で間合いを詰めてみる?」
「妥当な線ですが…通用すると思いますか?」
ライフの提案に一抹の不安を投げかける楓。
勿論ライフも何を言わんとするかは分かる。
「他に手を思いつく人がいるなら、それでもいいわ…どの道このままじゃいい自然破壊。近隣に被害を広げるのも時間の問題。私達が蜂の巣にされるのも…ね」
飛んでくる弾丸の雨を避けながら、フレイゴーレムが猛鋼牙の隣に降り立つ。
「強引だけど…それしか今思いつかないね」
豪快に槍を回して身構える猛鋼牙と、全身を覆うエネルギーの幕であるマナフィールドを最大の厚さにするフレイゴーレム。
「はあああああっ!!」
2体が強かに大地を蹴り、ドールハウスとの距離を詰め始める。
それに続くように、ドールハウスに足止めされていた勇者達は猛鋼牙とフレイゴーレムの背後から追って突進する。
下手に分散しても埒が明かないのなら、比較的堅牢な2体が先陣を切って仲間の盾になりつつ間合いを詰めようというのだ。
「猪侍と鉄人形かァ?けどよぉ…」
両腕のガトリンクを猛鋼牙とフレイゴーレムに向けると、全身のミサイルポットから多量のミサイルが”投げ出される”。
「…?」
突進しながらも、ばら撒かれるミサイルを訝しげに見るライフ。
推進剤に点火もせず、手榴弾でも吐き出すかのような、しかもデタラメな方向に投げ出されているのだ。
「まずい…!ユマ!R2・001!」
「は、はい!」
ウォルフルシファーがガトリンクを装備すると、いち早くばら撒かれたミサイルを打ち落とし始める。
しかしワンテンポ遅れて、ばら撒かれていたミサイルの推進剤が一斉に点火。
猛鋼牙とフレイゴーレムの背後にいた勇者達めがけて飛来してくる。
「皆!!」
「危ない!」
一瞬猛鋼牙の足が鈍るが、それが仇となった。
「遅ぇよクソども」
一瞬仲間達に気が取られ、まさか接近されていた等とは思わなかった。
猛鋼牙とフレイゴーレムは、正に至近距離からガトリンクの連射をもろに食らう羽目となった。
吹き飛ばされる2体は、仲間達諸共ミサイルの雨に打たれ、大きな爆炎の中で焼かれてしまう。
「さぁぁ!何匹潰れたァァ!?」
爆炎の中に向け、更に全身の火器を無慈悲なまでに浴びせていく。
更に事態は最悪の方向に向かっていた。
雨のように降り注ぐミサイルの何発かが、軌道から反れ、先ほどの街へと飛んでいっていた。

 

 

 

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