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思い出すのも腹が立つ。
突然目の前に立ち塞がったアイツはあまりにも傲慢で貪欲。
そして、恐ろしいまでに強い。
畜生…畜生…!
「うおおぁぁァァァァァ!!!」
突然視界が明るくなると、そこは切り立った崖に接する様に設けられた急ごしらえのテントのようであった。
周囲は木々に囲まれた、林道の脇のような場所で、周囲の木から切り出した柱に麻の布で天幕を張った代物だ。
作りは簡素だが大きく、10・20人程度なら下に雑魚寝しても十分お釣りがくる広さではあるが。
絶叫と共に起き上がった彼、御剣志狼は、つい先ほどまでの緊張とかけ離れたその場所に一瞬面食らっていた。


動き出す者


「よぉ、それだけ元気なら大丈夫そうじゃねぇか」
どこからともなく聞こえる声に周囲を見渡す。
周りには一緒にいた仲間達も数名確認できる。
先の戦闘で消耗した剣十郎やエリクを始めとしたブレイブナイツ。
飛ばされた時に辛うじて散り散りになるのを免れた風雅忍者達の翡翠、瑪瑙、楓、琥珀、雅夫の姿も見える。
奥にはジャンクまでいるが、先の戦闘でウツホの力を使った反動なのだろう、彼もまた横になっている。
皆自分と同じように薄手の毛布の中で気を失っているのか、はたまた眠っているのか。
さて、問題の声の主はどこだろうか?
「おいおい、ここだよ」
「なっ!?」
テントの外の様子の変化に目を丸くした。
何せヴォルライガーより一回り小さいくらいの巨人が、しゃがんでテントを覗き込んでいるのだから当然といえば当然だろう。
「おーい、一人目を覚ましたぜぇ?」
その巨人が顔を上げて誰かを呼ぶと、程なくして今度は一人の女性が現れる。
黒髪に赤い瞳を持つ修道女の装いの彼女は、大きな葉を器用に編み上げた、水が入ったバケツを重そうに抱えて現れる。
「あ…体の具合はどうですか?」
バケツを置き、近寄って様子を伺うその女性に、志狼は体がピンと伸びる程に驚いてしまう。
やはり唐突に女性に近寄られるのはどうにも慣れない。
「大丈夫…!もう大丈夫…で…」
言いかけてふと自分の体の調子を再確認する。
確かにあの常識外れの魔法使いとの戦闘でヴォルライガーに合体した筈。
それがどうだろう、そのリバウンドでもある強烈な筋肉痛は、幾らか残ってはいるものの、そこまで酷くはない。
その体調の変化を訝しげにする様子を見て覚ったのだろう、その女性が口を開く。
「私達が見つけたときは、皆さんとても消耗が激しくて…回復魔法でも、彼方やあの方の疲労は完全には…」
彼女の視線の先にはジャンクの姿があるのを見て、苦笑してしまう。
「何にせよ助かりましたよ、俺は御剣志狼」
「ミツルギ…?不思議なお名前ですね」
きょとんとした顔で返される。
果たして変な所でもあっただろうかとも一瞬思うが、そもそもここは異世界だ。
下手をすれば言葉が通じない相手かもしれなかった分、名前が変わっていると言われる程度はまだマシなのかもしれない。
「あ、ごめんなさい…私はシスティル・フェリア・ヴィーシャル・ド・フォーリア…システィルで構いませんよ」
「戻ったわ」
ふとテントの外から別の女の声がする。
籠いっぱいの野草を抱えて持ってきたのは、尖った耳に細い眼鏡が目を引く少女である。
その傍にはトーコとユーキ、イサム、そしてラシュネスの姿もある。
「これなら暫くは何とかなるかな」
「あまり期待はしないで、レビタル草は炭水化物が取れるとは言っても、灰汁も青臭さも強いんだから…あとこっちの…」
どうやら非常用の食料について野草のレクチャーを受けているようだが…。
「相変わらずお前等は逞しいな…」
なるほど、あの面々が居ないと思ったらそういう事だったのか。
呆れながら言う志狼の言葉にも何の悪びれた風も無い。
「そう?世界が全然違うんだし、それにこういう知識って必要だよ?」
「それはそうと志狼!早速お仕事よ!」
尖った耳の少女…ライフの前に躍り出たトーコが妙にまじめな顔をする。
そういう時に限ってロクな事ではないのだが…。
「さっきの土くれ相手に暴れすぎてお腹減ったわ!ゴハン!!」
志狼が派手にズッコケたのは言うまでもない。
「お前は…っ!」
「随分賑やかになってますのね?」
トーコ達とはまた別の方角から声が聞こえた。
そこにいたのは、縦ロールの金髪に派手な装飾の旅行着に身を包んだ少女と、イヌ科の大きな耳と尻尾を持つ少女だった。
「ヴァネッサさんにラティアちゃん、おかえりなさい」
やはりシスティルの連れなのだろう。
「システィルさん大変ですよっ!」
慌てた様子でシスティルの前に座り込む、子犬のような少女…ラティア。
「私達、いつの間にかデューオまで飛ばされちゃってるんですよ!?」
「デューオ?地名ですか?」
「そうですわ。まさか名前も聞いた事がないと申しますの?」
イサムの問いに突っ込み返されるが、そもそも彼等はここの世界の住人ではない。
「いやいや、どうやら彼らが知らない所から来たとしても、何ら不思議はないかもしれんのぉ」
今度は初老の男と、右腕の無い少女のコンビだ。
次々に現れるこの人達に、ラシュネスが軽く混乱しながらヴァネッサに聞いた。
「あの、皆さん全員で何人居るんですか?」
「行方不明になってる2人を除いて、今居る7人ですわ。田舎貴族の修道女システィル、そこで芋を齧ってる巨人がバジル、レクス様の弟子のおチビ狼がラティア、冷血真理学者のライフ、変態魔術師のパトリックと、その妻のルイーゼ、そして私が…」
「「「えええ!?」」」
逐一紹介に悪意が篭ってるのに一部の者は顔をしかめるが、志狼達にはそれ以上に、どう見ても40はいってるだろうパトリックと、ルイーゼが夫婦だという事に驚く。しかし…
「…ふぁぁ…なぁに?」
漸く目を覚ましたリィスと、その隣で未だに昏睡しているエリクの夫妻を見て、溜息をつくより他に無かった。
「まぁ…あるんだろうなぁ」
何とも言えない顔をする面々、システィル達もおおよその察しはついたのだろう、苦笑してしまう。
漸く起き始める者達も増えてきた事だと、システィルはライフの抱えていた野草を受け取る。
「一先ず、目を覚まされた方もいらっしゃいますし、食事の用意しますね」
「あ、俺も手伝いますよ。助けられてばかりなのも何だし」
画してシスティルと志狼で食事の用意が進められる事となった。
「そして私が…って皆無視ってどういう事ですの!?」
哀れ。

茹った鍋から噴き出す凄まじい量の灰汁と悪戦苦闘していると、徐々に皆起きはじめる。
「うっへ…本当にコレ食えるのか?」
「嫌なら食料調達できるまで飲まず食わずでもいいのよ」
拳火もまたあからさまな態度を示す中、拾ってきたライフは何やら小難しい本を読み耽っている。
「そういえば、釧の姿が無いな…」
「仮面の人ですよね…機嫌悪そうにしながら何処かへ飛んでいってしまって…」
「あにうえ…」
やれやれと言いたげな苦笑を浮かべる志狼を横に、あの仮面の青年を兄と呼び案ずる少女の頭にそっと手を置く。
その少女…翡翠は、その大きな瞳でシスティルを見上げた。
「落ち着いたら戻ってくるんじゃないかな?仲間や妹がここで待ってるもの」
「…ん」
「まぁ…仲間なんて言っても真っ先に否定しそうだけどな」
「だな…」
あの釧が「馴れ合う気はない」と言いながらそっぽを向くのは容易に想像がつくだけに、苦笑を噛み殺す事が出来ない。
「全く貴方という人は…遂にはぐれた先でも現地の女性を侍らすようなったんですね」
「そこ!ワケの分からねぇ誤解するなよ!」
呆れた風に溜息をつく楓にビシッと指差して反論する志狼。
しかしその応報は次の瞬間派手に吹飛ばされた。
大きく広げられていたテントの天幕を巻き込み、何かが派手に吹き飛び、テントに隣接していた崖に激突。大きな土煙を巻き上げる。
「なぁるほど、変態ってそういう意味だったのね」
手を叩きながら、ややご機嫌斜めなトーコに、何事かと皆の視線が集中する。
「とんだスケベ親父じゃない」
「ごめんなさいねぇ…女の人見るといつもアレで」
ルイーゼがのんびりとした口調でトーコに謝る。
派手な土煙が漸く晴れてきたそこには、見事な穴が開いていた。
何が見事かといえば、綺麗に人型に抉られているのだ。指の輪郭や髪型まで分かるほどに。
その人型の穴から出てきたのは、ヴァネッサ曰く変態魔術師のパトリックだった。
「ふ…は…はっはっ…ええ心地の尻じゃ…グぇぇええ!?」
突然パトリックの首にある筈のなかった首輪が精製され、穴から一本釣りの要領で引き抜かれる。
ジト目のまま魔法の鎖で引き抜くのは彼の妻のルイーゼだ。
手元まで引き寄せると首根っこを掴み上げ、表情は打って変わり見た目の年頃相応の満面の笑みで…。
「お詫びにお好きなだけどぉ〜ぞ」
「ンじゃお言葉に甘えてっ!」
(((旦那殺す気かよ!?)))
生々しい打撃音と衝撃が辺りに響いたのは恐らく数十秒の間だろうか。
終わる頃には誰もが何とも言えない顔で、真っ赤なモザイクの物体に手を合わせていた。


「今度は君達の事について伺いたいのだが、良いかね?」
皆がそれぞれに野草入りのスープを口にしている中で、剣十郎が口を開く。
ここまで志狼を始めとした一同が、ここに辿り着いた経緯をシスティル達に話していた。
自分達は数多の世界を滅ぼそうとするトリニティと戦う為、様々な経緯で集まった勇者である事。
大事な情報が詰まった媒体が盗まれ、その犯人を追ってきた事。
その犯人…オルゲイト=インヴァイダーがあまりにも得体が知れずに撤退を余儀なくされ、仲間と散り散りになりながらここに飛ばされてきた事…。
正直な所、異なる世界が実在するなどと言って信じてくれるか怪しいものだったが、彼女らは驚きつつも耳を傾けてくれた。
そして今度は彼女達の番である。
「はい…私達は元々、遙か南西にあるソレイラントという国で旅をしていました」
静かに口を開いたのはシスティルである。
「バラッド家…パトリックさんとルイーゼさんの下に立ち寄る懸案があって、少しの間お世話になっていたんですが…」
そこまで話しているとライフが皆に気付かれぬよう溜息をつき、更には続いてラティアの表情が曇る。
彼女らに何か思う節があるのだろう。
「魔族と呼ばれる…まぁそういう輩が襲って来てのぉ」
後を引き継いだのは、何時の間にやら復活したパトリックだった。
驚きとジト目で彼を見る者は決して一人二人ではなかったが、一先ずその目は意識していないのだろう。
「この子等がその襲撃に応じ、ちょっとした小競り合いになった」
「いやいやパトリックの旦那、アレを小競り合いって言葉で括るかねぇ」
上から投げかけてくる言葉の主は嫌な脂汗を浮かべ、引き攣った表情を見せる。
上半身筋肉の塊と言わんばかりの風貌のその巨人、実力のほどは実際見ていないものの、決して小さな衝突ではなかったのだろう。
「ハッハッハッ…良いではないか、少なくともワシは見ておっただけじゃ」
「答えになってねぇー!」
「おバカの二人は放っておいてくださいまし。戦場での命の駆け引きの内訳には私は疎いので割愛するとして、最後の瞬間…というべきかしら?」
溜息を漏らしながら男二人をスルーし、ヴァネッサが続く。
「一際大きな衝突の瞬間、その場に居た全員が一時意識が飛んだ…そして気がついたら、ソレイラントから遠く離れたデューオらしきこの辺りに居たってワケ。行方不明者2人のオマケつきで」
彼女達の大体の経緯はそういう事なのだろう。
知らない土地に投げ出されたという点では偶然にも同じ立場にある…という事になる。
「それでも、伝聞上でもこのデューオの事情を知ってるだけでも違いますね」
楓が頷く。
確かに何も知らずに動き回るより、外郭だけでも予備知識があれば多少の備えはできる。
しかし、そこにルイーゼとパトリックが割り込んできた。
「ソレについてなんですけどねぇ、ちょっと補足があるんですよぉ」
「結論から言えば、ここは”ワシ等の世界”ともまた少し違う」
皆の視線がこの夫妻に集まった。
「どういう事ですかな?」
皆の疑問を代弁するように、雅夫が質問した。
「ワシとルイーゼは、とあるモノを監視する役を自らに課しておるのじゃが…ソレが無かった。”最初からその場に何も無かった”と言わんばかりにのぉ…」
パトリックはライフに振り向くと、更に続ける。
「ライフや、今のソレイラント国王は、51代ジャン・ローラン・ド・ソレイラントで合っておるかの?」
その質問の真意はすぐ掴んだのだろう、ライフは顔を顰め、システィル達にも動揺が走った。
「51代って先代国王じゃないですか…?」
「先代にしても、名前が全然違いますわよ!?」
その動揺を見て、やはりかと言わんばかりに唸るパトリック。
「地形、生態系、文化は見紛う事無くワシ等の世界そのもの…しかしそういった要所要所で異なる世界じゃのぉ」
「皆さんの世界に酷似した世界…パラレルワールドという事でしょうか?」
「ご名答…!」
風雅の頭首、琥珀の結論に頷くパトリックだが、その挙動が一瞬止まった。
「おや中々…優秀なボディーガードですなぁ」
「生憎化け物じみた魔法使いとは先ほど手合わせしたばかりでしてな…貴方も中々に抜け目無い」
雅夫とパトリックが互いに不敵な笑みを漏らす。
笑い合っている筈なのだが、何故か周囲には一瞬刺すような鋭い戦慄が走ったのは何故だろうか?
「敵に回したくないわい!ハッハッハ…あぎゃぎゃ!?」
「パぁ〜トリックぅ〜?」
ルイーゼの細く小さい筈の手がパトリックの耳たぶを万力のように掴み、茂みの奥へ引き摺っていく。
パトリックの悲鳴が、まるで核兵器が炸裂したかのような特大のキノコ雲の発生と同時に響き渡ったのは恐らく気のせいではないだろう。
鬼眼の能力で否応無くパトリックの魂胆が聞き取れていた琥珀は珍しく大きな溜息をつく。
そしてルイーゼとの応報で彼が何をしようとしたのか、気付いた者はそれぞれに呆れ返るのだった。
(今の、琥珀さん狙ったんだな…?)
誰ともなく心の中で呟く。
「お話中失礼します」
皆がパトリックに呆れ返っている間、それは何時の間にそこに居たのか。
システィルとはまた少し違う修道女がその場にいた。
突然の闖入者に勇者の少年少女達は驚くのもまた自然な事。
流石にブリットも腰の銃に手を伸ばすが、ソレを琥珀が静かに制した。
よくよく見てみれば、風雅忍軍の者達は殆ど驚いていない。
「彼女は最初から居ましたよ。力強く暖かい巫力がシスティルさんに寄り添うように…」
琥珀の言い方から、ソレが害悪のあるものではないようである。
「物質や現象や念…それが自らの意思を持つようになってくると、その子みたいな妖精が生まれるのよ。この世界では当たり前のようにある事だわ」
ライフはメガネの位置を直しながら補足を入れ、「それにその子はシスティルと契約した妖精だし」と続けた。
「本題だけど、パラレルワールドという表現も適切じゃないのよ」
「どういう事だ?」
ブリットの問いに、少々複雑そうな顔をするその妖精は、少し間を置き答える。
「…信じられないかもしれないけど、この世界そのものが複製魔法で複製されてるのよ。それも随分精密に…私も今言われて気がついたくらいよ」
「「「なっ…!?」」」
今度こそその場に居た全ての者が驚きの声を上げる。
よもやまさか、世界を丸々複製するなど、常識外れにも程がある。
そして志狼達は、その常識外れの主を嫌と言うほどに知っていた。
「あいつ…かよ」
「この世界を複製した主…というなら恐らく間違いないだろうな」
果たして自分達はどこまであのオルゲイトの手の平の上なのだろうか。


釧は一帯の森を一望できる木の枝に腰を下ろし、静かに思考を巡らせていた。
程好く晴れ渡る空の下で、上の枝が作り上げる木陰から、緑色の景色を眺めるわけでもなく視線を泳がせる。
知る限り、ブリットほど感情を殺して戦える者は居ない。
そんな彼が感情を肯定するのはどういう事だろうか。
確かに彼は、志狼や竜斗達を一目置いているのは間違いない。
事実彼らの実力は、釧自身も決して弱いと高を括っているワケではない。
「いや、違う…」
単に実力云々の話ではない。
では彼らの何に心奪われつつあるのだろうか?
「いちいち、癇に障る…」
悪態をついても変わらない。
このやり場の無い苛立ちは、本来誰に向けられたものなのか…。


食事を終え、皆は纏まって動き出す事になった。
当面の目標は勇者達にせよシスティル達にせよ、はぐれた仲間との合流である事に変わりはない。
そして恐らく世界を丸々複製した犯人である、オルゲイト=インヴァイダーを何とかしなければ、元の世界へは戻れない点でも目的は一致した。
そういう経緯から、暫くの間行動を共にすることになったのは自然な流れだろう。
「あの…釧さんと合流せずに行っちゃって大丈夫なんですか?」
ラティアが年長者だろう剣十郎と雅夫に問う、彼女のその様子は正に子犬である。
「彼なら問題はないよ」
「書置きも残してあるし、多少歩き回った程度で見失うような男でもないしな」
剣十郎達のやりとりを他所に、一団の先頭を歩くのは、地図を広げながら歩くライフだった。
「このまま進めば少し広い通りに出るわ。そこから北上すれば、小一時間ほどで街に出る筈よ」
「そんな近いなんて僥倖ですね、街まで出てしまえば、補充も情報収集もできますよ」
後ろから聞こえてくるベル夫妻の声に、ライフはふと自分の両親であるバラッド夫妻を横目で見る。
よく似た雰囲気を纏う母ルイーゼだが、決定的に違うもの…。
黒い炭の塊となったパトリックを鎖で引き摺っているシュールっぷりに、大きく溜息を漏らす。
さて、溜息といえば珍しく志狼と距離を取って歩くエリィの姿だろうか。
あまり覇気を感じない彼女の態度は悪い意味で珍しく、加えて勇者達はその理由を知っているだけに、見かねて声を掛けた。
珍しい事といえば、エリィに自分から声を掛けたのは瑪瑙だという点だろうか。
「追いかけて来た事、そんなに後悔してるんですか?」
淡々とした口調からはどういう意味か測りかね、同時に彼女から声を掛けてきたという事実に驚かされ、エリィは顔を上げる。
瑪瑙も自らの行動の意外性に気付いたのか、とっさに視線を逸らすが既に遅し。
視線を逸らしながらも言葉を続けた。
「強引だろうと、ついていく機会があっただけマシです」
強く訴える瑪瑙を前にエリィは眼を白黒させる。
「でも、あんな大見得切っていきなり捕まって…小型艇だって私がもっとしっかり…」
「じゃあしっかりしなさい。大体、誰も貴女を責めてなんかいないんだもの」
水衣までもがエリィの肩を静かに叩いて宥める。
「戦力として足手纏いでも…貴女が御剣さんの心の拠り所なら、それだけで着いて来た意味はあると思います」
「まぁ…やり方はもうちょっと考えた方がいいけどね…あなた、本当はずっと気にしてたんでしょ?」
普段のどこか付き纏う余所余所しさも無く訴える瑪瑙と、優しく宥めてくる水衣。
「ありがとう、二人とも」
エリィの伏せていた顔が、徐々に仰ぎ始めたのを見た二人は、静かに安堵し…。

「シローー!!」
エリィが突然駆け出すと、勢い任せに志狼の背中に飛び込んでいく。
「うおっ!?おいエリィ!」
軽く前につんのめる志狼だが、流石にこれで倒れるほど柔ではない。
だがそんな事を他所に、エリィは志狼の背中に顔を押し当てるようにして、小さく囁くのだった。
「…ごめんね」
その一言に、それ以上志狼は動きを止めた。
その謝辞が何に対するものか、今更聞くのも無粋だ。
普段から突飛な面の多いエリィでも、小型艇ハイジャックの件には彼女自身それほどの覚悟があったのだろう。
そう思い直した時、志狼はそれ以上エリィを振りほどこうとはしなかったのだ。
…が。
「…さぁ、もうウダウダ悩んでるのもおしまい!」
「お前、全然反省してねーだろ」
「してますよーだ!でも今から戻れなんて言われても戻れないしー」
唇を尖らせて言い返すエリィだが、確かに今更何を言っても後の祭に違いない。
「ったく…今回は何時にも増してシャレになってねぇんだから、もうあんな無茶はすんなよ!」


その一方で、桁違いに体格の大きいバジルの肩でも重苦しい空気を漂わせている者がいた。
ヴァネッサというその娘は塞ぎ込み、ジト眼で彼方の山と空の境界線を眺めていた。
自分達の住んでいた世界の複製世界。
彼女にとって、その地平線の遙か向こうに行こうとも、家族や使用人達の居ない世界。
小うるさい人達ばかりでも、不満を募らせながらもものの1週間前までは一緒に住んでいた人達。
黙って飛び出しはしたものの、母とは密かに手紙を何度か交わしていた。
今はそれすら適わない。
「沁みっ垂れた顔してるわねぇ」
「何ですの?」
気がつけば、バジルの反対側の肩にトーコの姿があった。
「おいおいお前…デカくなった雀かよ」
レビテーションの能力で肩まで飛んできたその光景は、まぁ巨人族にしてみれば間違いではない感想だろう。
問題は両肩にいる二人。
「トーコは、家族はいませんの?」
「ん?ユーキならあそこにいるわ」
「ご両親は居ませんの?」
「居ないわよ?何で?」
ヴァネッサは唖然とし、目を見開いた。
親が居ないという事実が、さも当然であるかのように軽く口に出してしまうトーコの反応が、一瞬信じられなかった。
「な…なんでそんな軽く流せるんですの!?」
「居ないものは居ないんだし、怒鳴られる謂れなんてないわね」
全く悪びれる様子もない。それが当然の事であるように…。
「…!」
ヴァネッサは、確かにそれは当然の事なのだと気付く。
彼女に家族愛が無いのかといえば、恐らく嘘だろう。その証拠は間違いなく、ユーキやラシュネス達に他ならない。
両親の存在が記憶に全く無いのなら、或いはそれこそ思い入れも何も沸く筈もない。
「…貴女達は、私達の世界とも違う世界から来たんでしたわね」
「ん?」

それからほんの暫しの間だが、ヴァネッサはトーコ達が元々住んでいた世界、ウィルダネスと呼ばれる世界の現状を聞き出す事になる。
今日明日を食い繋ぐ為に、何もない荒野で仕事を探す者などごまんと居る世界。
家族の顔を知らない者。仕事にありつけずに盗賊に身を窶す者。そんな者はどこにでもいる程の過酷な世界。
それに加え、彼女らのような力を持つ者、異能力者に対し、様々な思惑が渦巻く世界でもある事。
「…にしても、急にそんな事聞いてどうするの?」
「世界を何も知らないままなのが嫌なのですわ!」
「ふーん…じゃあアンタだけホームシックに掛かったよーな顔しない事ね。アンタ達が言うこのデューオって、法が無いのが法ってくらい危ない国なんでしょ?」
ヴァネッサの力いっぱいの訴えも、素っ気無というべきか、大した反応も見せずに言い返す。
「何も知らない、自衛の力も大して持ってないイイトコのお嬢様がそんな所に飛び出すなんて、襲ってくださいって言ってるようなモノじゃない。周りに迷惑かけるだけよ?」
肩を竦めるヴァネッサの表情は、自嘲めいた色が浮かぶ。
「反論の余地もありませんわね…事実私には何の力もありませんもの。世界が違うのであればそれこそ、貴族という肩書きも通用しませんわ。立ちはだかる障壁を打ち破る程の魔法も、怪物と渡り合うような体術も、眷属を生み出す程の知恵も…」
トーコは興味が失せたようにヴァネッサから目を離した。
いや、離しかけた。
「私を初めて殴った方が言いましたわ。『向き合うモノに命を掛けろ』と。…その方もまた、誰かの受け売りだそうですけど」
真剣そのものの目がトーコの視線と重なった。
「私はもっと世界と向き合いますわ。一部の輝きの為に多くの陰りを作る世界に、楔を打ち立てる。その為に、多くの世界や生き方や考え方を…智らなくてはなりませんの」
不敵な笑みを浮かべるトーコはただ一言返した。
「死ぬわよ?」
「その時はその時ですわ!家族や皆には申し訳ないですが…それで止める程度で世界と向き合えませんもの」
言い終わるや否や、一瞬空気が凍りつく。ヴァネッサの眉間に突きつけられる槍の為であった。
それはトーコが《クリエイション》によって作り出した代物。
前髪の端が切り落とされる程に近いが、それでもヴァネッサの目から強い意志が消える事は無い。
(シティの連中のよーなバカでもないわね…)
「そろそろ良いか?お前ら…」
漸く槍を引っ込めたトーコとヴァネッサが顔を上げれば、冷や汗を垂らしながらバジルが呟いていた。
「話すのはともかくよ、人の首元で槍振り回すのは勘弁してほしいぜぇ…」
「あ〜ゴメンゴメン」
悪びれる風も無く、手をヒラヒラさせるトーコ。
「やれやれ、すまねぇな」
バジルの足元でBDが溜息を漏らしながら謝辞を述べる。
6メートルのロボットに対してこの巨人は20メートルという、ロボットより大きなナマモノという珍しい光景だが、特に気にする者は居ない。
「どーって事ねぇよ。見えないトコロから物飛んでくるなんて慣れてるしな」
「ハハッ、何だかんだでアンタも場慣れしてるな」
互いに苦笑するBDとバジル。

通りに出れば北へ向かって一本道。
その中でエリクはふと目を細める。
「昔を思い出しますねぇ…明日は案外飛行艇かな?」
何時の間にやら傍を歩く剣十郎が軽く鼻で笑う。
「暢気な…あれが創った世界ならば、どこから仕掛けられても不思議ではない」
「じゃが、此処に至るまで仕掛けては来ないのは、手の平の上というより純粋に1つの世界なのやも知れんのぉ…。少なくともワシならすぐ手を出す」
剣十郎の後を汲んだパトリックが、しれっとリィスの肩に手を回して引き寄せ…。
「あららぁ〜?」
引き寄せようとするパトリックの手から、クルクルと回ってリィスが抜け出してしまう。
そのステップは天然なのか、意外にガードが固いのか判断に悩む所だが、隣ではそれどころではなかった。
「懲りないわねぇ?」
「何回殺せば死ぬんだエロジジィ…生き返り飽きるまで毎秒あの世に送ってやろうかァ?」
眼鏡に赤み掛かった光を宿らせるエリクと、顔に影が射すルイーゼから、物凄い勢いで業火のオーラが吹き荒れる。
「パトリック殿の痴情はともかく、ワシもそう思うよ。皆気を失っているあの状態で自分の手の平の上に居るのであれば、如何様にでも出来た筈」
「再接触は時間の問題…とはいえ直ぐという話でもないですね…」
雅夫の意見に、パンパンと手の埃を叩きながらエリクが答える。
「接触した時の問題は…やはりアレか」
「でしょうなぁ」
剣十郎と雅夫の顔に神妙なものが浮かぶ。
「下忍…でしたっけ?確か雅夫さんの世界の…」
炭化した人型の物体を引き摺るルイーゼが首をかしげた。
先のオルゲイトとの交渉決裂の折、オルゲイトは確かに雅夫達の世界のエネミーである、ガーナ・オーダの下忍を呼び出した。
「問題は下忍そのものではありません。拡大解釈すると、それは私達が元々居た世界のそれぞれの敵性体…妖魔や忍邪兵等…魔王級さえも召喚し得るという事。その可能性は十分にあるんですよ」
「それだけではあるまい…BANのチップといい病魔の杖といい、強奪しただろう品の数は凄まじい。下手をすればリードの秘宝を所持している可能性さえある」
エリクや雅夫の推測を否定する要素は何も無い。
そしてそれらの要素は、往年の経験と貫禄を積み重ねてきた彼らにさえ戦慄を抱かせるには十分な要素であった。


山肌から露出している岩に、人型の大穴が刻まれている場所。
周囲には焚き火の跡の他に、大きなテントを建てた形跡がある。
他でもない、システィル達がいた場所である。
今はもう誰も居ないハズのそこで声がした。
<やはり…>
それはどこから聞こえたのだろうか。
どこからともなく響く声は、澄んだ女性の声ではあるが…果たしてそれがどこに居るのかは分からない。
<ノイズは全部で4つ…この様子だと残り3つも…>
その声に感情らしい感情は感じられない、非常に淡々としたもの。
<まずは…1つ>
声が小さくなりながら呟く。
それは、恐らくその場から離れた証拠なのだろう。


 

 

 

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