寂びれていながらも、人の往来する街並み。
その日は雪が降り積もる寒い日だった。
文化の発達した地であれば、それは風流な様でもあっただろう。
しかし、その街では試練とも悪魔とも言えるほど、余裕というものが無かった。

革命勇者レヴォリュート
初話『生きろ』

踝まで埋まるほどの雪が積もった日の夕方。
厚い雲は夕日も覆い隠し、暗くなりかけてぼやけた灰色の光は、影すら作らない。
慣れない雪道を踏みしめながら、一人の青年が帰路についている。
少しクセのある褐色の髪をニットの帽子で覆い、強い意志を宿した深緑色の瞳はもう目前に迫った家の扉を捉える。
レオン・アクエリス・・・その青年の名前である。
 「あ〜冷えるっ! ただいま!」
家の扉を開ければ、奥の台所からいい匂いが漂ってくる。
レオンは両親と妹の4人暮らし。両親ともまだ帰る時間には早い。
早々と扉を閉め、着ていたコートを椅子の背凭れに放る。
匂いに誘われつつも不思議に思い、台所に顔を覗かせてみると、そこには先日10歳になったばかりの妹の姿があった。
 「ふぅ〜・・・あ、お兄ちゃんおかえりー!」
額に汗を滲ませ、調理台に届かない背丈を、椅子を土台にして補う少女
褐色のセミロングの髪をポニーテールに結び、年相応のあどけなさを持つ元気な瞳が兄の気配を追う。
レオンの妹、ラナ・アクエリスである。
 「おいおい・・・一人で火を使っちゃ危ないだろ?」
 「大丈夫だよー料理くらい私だってできるもん!」

まだ幼いラナには、近くに家族が居ない間は火や刃物を使ってはいけない・・・という家庭ルールが一応ある。
が・・・両親とも忙しく、ここ数ヶ月はレオンも家を空ける事が多くなってきており、どうしてもラナ一人で家事を切り盛りする機会が増えて来ていた。
ラナも背伸びしたがりな年頃・・・家族の手伝いをしようと意気込んでいるわけだ。
 「何かあったら危ないだろう?俺も今度から早く帰るようにするから」
 「むぅ・・・」

頬を膨らませながら大きな鍋を抱え上げようとする・・・が、明らかに抱えられる重量ではない。
レオンも後ろから一緒に抱えてやる。
鍋の中身は・・・ポトフ・・・・・・なのだろう。
家計の問題で肉が少なめなのは、レオン達一家にしてみれば標準だが、入っている具の大きさも形もデタラメだ。
とはいえ香りは合格レベルだし、味もラナの料理は・・・・・・時々あるハズレを除いてまぁ悪くない。
 (さてさて・・・今日はアタリかハズレか・・・)

そんな馬鹿なことを考えながら、もうすぐ帰ってくるだろう両親を待つことにした。

両親の帰りと共に夕食・・・。
貧民街とはいえささやかな家族の幸せの灯りが、暗闇に敷き積もった雪野原を照らす。
その暗闇に紛れて・・・。
そのささやかな灯りに・・・。
気配を殺して忍び寄る人影・・・。


洗面台で兄に抱えられながら歯を磨くラナ。
隅のくすんだ鏡を前に、眠そうな目を擦りながら歯ブラシを扱う。
異変は突然訪れた・・・。

ダキューン! ダキューン!

大きな銃声が響く。
半開きだったラナの目は一瞬で丸くなり、レオンは今までにない戦慄を覚えた。
治安の悪いこの街では、時々銃声が街に響く事がある。
しかし、今回の銃声はあまりにも近すぎる。
 「ラナ、ここに居ろ!」

レオンはラナを下ろすと、音がしたと思われるリビングに飛び出していく。
居ろと言われても、ラナも居ても立ってもいられず、レオンの後を追った。
二人は言葉を失った・・・。
ついさっきまで一緒にいた両親の変わり果てた姿。
夥しい量の血が床を赤く染め、二人とも指一本動く様子はない。
 「・・・っっ!!?」
 「・・・え・・・?」

その部屋の中央に、見慣れない男が居た。
黒い革コートに厚手のマフラーと深い帽子を被った男・・・。
顔は見えない・・・。
代わりにその両手には、拳銃が握られている。
 「国王の反逆者だそうだな」

冷たい声・・・問い返す間もなく、その銃口はレオンを捕らえていた。
 「っく・・・そぉ!!」
 「やだ!お父さん!!お母さん!!!」

無我夢中でラナを抱え上げて引き返し、ドアを閉める。
ショックなのはショックだが、呆然としている暇など与えてはくれない。
後ろから追ってくる。
後姿が見つかれば弾丸が飛んでくる。

2階のレオンの部屋に飛び込み、鍵を掛ける。
とはいえ相手は銃を持った男。
その気になれば鍵などほんの十数秒の時間稼ぎにしかならないだろう。
ラナ「あのおじさん誰!? なんで!!」
レオン「わかんねぇっ!」

混乱して泣き喚くラナ。
レオンは混乱する頭で必死に逃げる方法を考える。
ふと外を見れば、幸運か、古くから両親と交友のある男が慌てた様子で家の前に走ってきた。
 「レオン!大丈夫か!!!」

もう他に手はない。
レオンは机の棚に隠してあった銃を持ち出すと・・・ラナを抱え上げて・・・。
 「お・・お兄ちゃん!?」
 「おっさん!!ラナを連れて逃げてくれ!!」

その男めがけてラナを放り投げた。
幸い下は雪の絨毯。男がキャッチに失敗しても、雪がクッションになって大怪我にはならないだろう。
ラナを放り投げたと同時だろうか・・・
追ってきた男がついにドアを蹴破り、押し入ってきた。

ラナは、残酷なくらい全ての動きが鮮明に見えてしまった。
落下していく中で、兄はそのまま振り返って男に銃を構え・・・
構えながら兄が叫んでいた。 
「ラナ・・・・・・生きろぉぉ!!」
何発も鳴り響く銃声。
ラナは、男に抱えられて家から遠ざかりながら見てしまった。
血の雨と共に窓から転がり落ちる兄の姿を・・・。