夜の王城に大きな警報音が鳴り響く。
無数に築かれた塔から、さらに大量のサーチライトが城の内外を照らし出し、何人もの兵が走り回る。
 「侵入者はどこへ行った!?」
 「・・・・了解! 東の6層17区を南に向かっているぞ!!」
 「城内に侵入を許すとは何事だっ!!」


勇者騎士ガーディアン
序章 『邂逅』


物々しい雰囲気の中、外界と城内の世界を隔てるような巨大な壁から飛び降りる人影があった。
通常であれば飛び降り自殺に等しい高さをものともせず着地し、そのまま城から真っ直ぐ離れていく。
サーチライトが照らし出したその人影・・・。
淡い緑の髪を揺らす青年の姿が煌々と映し出された。
彼の名はトーラス・ゼファー
現王政に異を唱え、決起したレジスタンスの一人である。
少数精鋭で城に飛び込んだものの、次々と仲間は倒れ、最早王の首を取るコトは敵わぬと判断し、撤退の道を選んだのだ。
 「くそ・・・っ 如何に城の内外の違いとはいえ、あの配置・・・俺達の潜入は読まれていたのか・・・っ?」

城に至るまでの警備は杜撰としか言いようのないほどのものだった。
見通しの悪い角度からの潜入を試みたのもあるが、それでも警備は数えるほど。
それも雑談ばかりに花を咲かせ、警備のやる気が全くない者達が殆どであった。
それが城内に侵入して暫く進んだ途端、猫の子1匹逃さないほどの数の警備兵達が、一斉に銃を突きつけて来たのだった。
それは正に待ち伏せとしか言いようのない体制。塞がれた退路を無理やり抉じ開け、最後に残った彼だけが逃げ延びてきたのだった。
程なく森に飛び込むトーラス。
追ってくる兵の声も、少しずつ遠くなっていく。
 「このまま逃げ切れば・・・っぐぅ!?」

一瞬視界が揺らぐ。
それと共に、足取りも鈍り、膝をつきそうになる。
それは、強行突破を試みた代償の負傷が原因ではない。
 「あと・・・1年生きられるなら・・・これくらい耐えてやる・・・!」

再び足に力を込め、走り出す。


森を駆け抜け、兵達の視界から姿を晦ます。
目の前に大きな塔があった。
城の内外を照らす見張りの塔とは様子が違う。
塔の入り口のドアには豪華な装飾が施され、静寂を保っている。
さすがに城内で手痛いしっぺ返しを食らった手前、警戒はするものの、今更身を隠す場所もない。
銃を構えながら静かにドアを開き、足音を殺して中に入っていく。
暗闇と静寂のみが支配する場所。
螺旋階段を登っていく中、幾度かフロアが目の前に広がるが、やはり誰も居ない。
そして最上階に到達する。
そこには塔の入り口より一層豪華な装飾を施された扉があった。
あれだけ広い城を構えながら、こんな離れた場所に一体何があるのか・・・トーラスには理解し難かった。

扉を開ければ、そこには大きな円筒形の部屋が広がっていた。
大きな蝋燭が部屋を幻想的に照らし出し、一人の女性が窓際から振り向く。
 「・・・お前は・・・第2王女エリアス・エル・ハーネルス」

本人かどうか、それこそ目を疑った。
堅牢な王城を目前に、何故この騒動の最中、王女が護衛もなく城の外にいるのか。
 「道に・・・迷われましたか・・・?」
 「寝惚けた事を・・・何故ここにいる?」
 「何故・・・ですか・・・ 信じては頂けないでしょうが、お父様にこの部屋を与えられた・・・だけです」
 「『信じてもらえないかもしれない』とはな・・・俺が何者か、そして今の状況は把握しているようだな」

よほど身なりの似た替え玉でも用意していない限り、今目の前にいる王女は本物だろう。
その顔も声もトーラスは勿論、国民に広く知られている。
先に死んだ第一王女共々、暴君政治と名高い現王と正反対に、積極的に慈善事業や慰安訪問を行っている人柄。
暴君と名高い国王、ザティアス・クラン・ハーネルスより支持する者は多い。
但し、それでも国王の搦め手だと疑いの目を向ける者も少なくはない。
トーラス懐から銃を取り出す。照準はもちろんエリアス・・・。
エリアスもさすがに息を呑み、あとずさる。
 「・・・・・」

どれほどの時が流れたか、実際の時間は恐らく十数秒程度の緊張の静寂。
静寂を破ったのは扉の外から響くノック音だった。
 「姫様!ご無事ですか!?」
表情を変えずエリアスを睨み続けながら、考えていた。
城を使っての大胆な罠を仕掛ける手前、最初からコレが狙いか?
どう対応したものか・・・。
対応に困っていると、エリアスが動いた。
人差し指を唇の前に立てて静かにと合図を送り、ゆっくりとトーラスに近づいていく。
そのままトーラスの左腕を取り、ベッドの陰に導いた。
そしてそのまま扉へと向かう。
 「どうかしましたか?」
 「はっ 城に侵入した賊が城から逃走し、こちらに向かったので、姫様の元には来ていないかと」
 「外が騒々しいようですが、そういう事だったのですね・・・私は大丈夫ですよ」
 「はっ 失礼致しましたっ」

ベッドの陰からエリアスを見張る。
扉を開け、顔を覗かせてのやり取り。
中に入って調べない辺り、上は食わせ者でも下は詰めが甘いようだ。
兵が去り、扉が閉められると、エリアスは振り返って近づいてくる。
 「怪我を負っている様ですね・・・診せて頂けますか?」

トーラスとエリアスはベッドに腰掛け、トーラスの傷の手当てを始めた。
エリアスはテーブルに置かれていた酒の封を切って消毒し、ハンカチを裂いて包帯の代わりにした。
日頃から民に献身的なだけある。
流石に医者ほどではないが、手際のいいものだと関心する。
当のトーラスはそんな様子を見ながら、エリアスや部屋の様子を伺っていた。
さすがに王女の部屋だけあり、堅牢にして豪華・・・ではあるが、消毒に使われた未開封だった酒といい、食事にもあまり手をつけていない様子。
エリアス自身も、その表情には憂いが見え隠れし、心労が祟っているようにも見える。
 「王家を打ち倒そうとする貴方達のような方が現れるほど、もう国民の反感は強まっているのに・・・ごめんなさい・・・お父様を止められなくて・・・」

トーラスは表情を変えず、ただ無言でエリアスを見る。
 「・・・終わりました・・・外はまだ物騒です・・・落ち着くのを見て行って下さい・・・」

手当てを終えたエリアスの手が離れ、俯く。
ところが、トーラスは突然エリアスの首を掴み、ベッドに倒して眉間に銃を突きつけた。
 「タダで帰るわけにもいかないな・・・」

突然の事にエリアスも目を見開く。
しかし悲鳴を上げたり、抵抗する様子は見せない。
ただ、目の前に迫る命の危機に瞼を震わせながら・・・トーラスを直視していた。
 「私の・・・首を取れば・・・・・・この国は今より良くなりますか・・・?」

恐怖に震え、震える声で絞り出された言葉。
 「・・・あぁ・・・少なくとも仲間の士気は高まり、俺達の勢いは更に増すな」

トーラスは殆ど表情を変えない。
あえて挙げるなら、睨みが強くなっただろうか。
それでもエリアスは抵抗を見せない。
 「分かり・・・ました・・・っ私の首・・・差し上げます・・・・・・!」

その表情から怯えの色は引くことはない。
それでも、彼女なりの精一杯の強い眼差しがトーラスの眼光を押し返す。
それは、生きるコトを諦めた目ではない。
彼女もまた、国の行く末を模索していた者としての、覚悟の目だった。
トーラスは引き金を引くことをせず、銃を収めた。
 「晒し首以外にも利用価値はある。或いはお前なら・・・」
 「え・・・?」
 「・・・付いて来い」

満月を浮かべた窓を背に、エリアスに手を差し伸べるトーラス。
エリアスも、促されるままその手を握る。

塔の下では、未だに多くの兵が走り回り、姿を消したトーラスの追跡を行っている。
すると突然、エリアスの部屋から大きな人影が飛び出してくる。
 「上だ!!」
 「え?な、なんだぁ!?」

大きく見えたのは、エリアスのドレスが影を大きくしていたためだった。
窓から飛び出し、やや傾斜のある塔を駆け下りると、大胆にも兵達の間を全力で駆け抜ける。
慌てて銃を構えるが、隊長らしき男が制止して・・・。
 「馬鹿者!姫様に当たったらどうする!?素手で押さえろ!!」

エリアスを抱えたまま、飛びついてくる兵を蹴りで次々に薙ぎ倒していく。
トーラスとエリアスは、そのまま夜の空の下で姿を消していった。

 

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