中国での原発事故は世界中でトップニュース扱いとなっていた。
原因不明の大爆発を起こし、同時に膨大な量の放射性物質を大気中に撒き散らしたわけだが、奇妙なことにアジア大陸一帯に光の粒子が注いで以降、有害レベルの放射能が全く検出されないのだ。
日本でも事故の影響と見られる天候異変こそあったものの、雨等に有害物質は全く無い。
中国側の主張も二転三転し、「実は事故など起きていない」「放射能除去の実験であり大成功を収めた」等々。
その事は成光学園の生徒の間でも話題の一つになっていた。
よもやまさか、そのような不可解な芸当を起こした本人が、自分の学校の中で手品に興じているなど誰も思いはしない。
そしてもう一人…。
「あれ!?アンタ!」
2年B組の教室で音を立てて立ち上がったのは、紗由璃の友人達である。
それもその筈、いつぞの休みの日、紗由璃とぶつかった青年…ゼイドが学校の制服を着て入ってきたのだ。
一同の驚きに紗由璃が説明を入れた。
「それが…姉さんが編入の手配をしたみたいで」
3人が3人ともその経緯については聞こうとはしない。
聞いても無駄なだけでなく、その影響力は時として妙なくらい大きいのだ。
「前から思ってたけど…紗由璃の姉さんって一体何やってるの…?」
「さ、さぁ…」
実のところ紗由璃も姉の仕事の内容を知らない。
時折怪しい雰囲気を纏わせることはあるが、仕事の内容を片鱗も掴めない。
「あー…お前ら静かに!」
教卓を名簿で叩いて注意を促す教師が、話をゼイドに引き継いだ。
「笹山聡です!今日から一緒に学ぶ事になりました、よろしくお願いします!」
何とも清々しいほどに声を張り出すゼイド…否、聡である。
体育会系を地で行くような威勢のよさに、引く者惹かれる者様々であった。
「へぇ、あの時も少し思ったけど、悪くないわねぇ…あと2つくらい若ければ」
「桐絵…アンタ少し自重なさいよ」
さて、ここは街外れの山の中腹にある神社である。
昨年まで居た神職の男は年老いて亡くなり、今では熱心に信仰していた年寄り数名が何日かおきに訪れるのみである。
人気はなく、あまり大きな神社ではない。
しかし手入れは隅々まで行き届いているようであった。
年季の入った柱や床であるが埃一つ見当たらず、庭も雑草一本無く掃き清められていた。
この神社に通う年寄りは皆、階段の上り下りで息が上がる程に足腰衰えている為、彼等が手入れしているわけではない。
手入れしている主人は別にいた。
「さぁ、今日も清浄な空気を呼び込むとしましょう」
神社の本殿の中から顔を出してきたのは若い神職の男である。
およそ10代後半だろう若い顔つきだが、落ち着いた雰囲気が一回り成熟した年齢にも見せている。
撫で付けた褐色の髪が静かな風に靡き、縁の細い眼鏡が、やや垂れ目がかった黒い瞳の前に鎮座している。
納屋に向かい、竹箒を持ち出してくると、ゆったりとした歩調で庭へと向かう。
「清水さんや」
ふと鳥居の向こうから声がした。
青年、清水達也が振り向くと、70歳ほどの老婆の姿があった。
数日置きに神社を訪れる年寄りの一人である。
「おや葛西さん、高い所よくぞいらっしゃいました」
葛西と呼ばれた老婆は神社の本殿の前で手を合わせ、深々と腰を折る。
それから社務所の縁側まで達也が案内し、達也は煎茶を振舞うのだった。
「総楽教…ですか?」
「そうさね…この何ヶ月かの間に現れたらしいんだけどねぇ」
穏やかな表情を浮かべていた老婆であるが、どうもその話題になってから表情にやや影が差した。
「よく来ていた松村さんも、その新興宗教を信仰するようになったんですね」
「息子さんの勧めで松村さんも折れたみたいで…あまり良い話は聞かない所だから止めるよう言ったんだけど」
「なるほど」
穏やかな知性を漂わせる笑みを浮かべたまま、話を聞きながら煎茶を啜る達也だった。
「清水さんはどう思うかい?」
「松村さんの顔が見れなくなるのは寂しいですが…そうですね」
ほんの数秒考え、ゆっくりと口を開いた。
「総楽教に限った事ではありませんが、最早宗教の中に本来の役目を果たせるものはないと言っていいでしょう。古く大きな宗教は既に始祖が亡くなって数千年…今の新興宗教も怪しい噂が絶えないものばかり…」
「そうですのぉ」
老婆も言わんとする事は何となく分かったのだろう。
「先人は面白い事を言ったものです。”人の言うことを仰ぐ”と書いて信仰と読ませました。神より降りた教えにこそ本質があるというのに、始祖の顔を拝み、教主や幹部にも私欲を以って権力を振りかざす者がいる。…既に神に通じる筈の宗教の役割は、その殆どが果たせない」
「いやぁ清水さんも若い身空でよく考えてるねぇ…でも、それは神職してる自分自身も…」
宗教は既に役割を失っている…そう嘯くのが神職という矛盾。
しかし達也は困った様子も悪びれた様子もない。只柔らかく微笑むだけ。
「そうですね…不思議ですよね」
所変わって再び成光学園。
昼休みに入り、授業中は静かだった校内も例に漏れず一時賑わう頃になる。
2年B組…即ち紗由璃達のクラスの一角では、今日転入してきた聡を取り囲む4人の女生徒の姿があった。
否、厳密には2人が詰め寄っているわけだが…。
「なるほどねーあの日引っ越してきたワケなんだ」
深く頷く桐絵。
聡…ゼイドとしては嘘をつくのは憚られたが、今は余計な騒ぎを起こすのは懸命ではないとして適当に誤魔化すこととなった。
しかしその適当に誤魔化すで済まない者がいた。
「建前はいいの、今回の転入生二人である彼方と和馬くんは妙に気に掛かるのよ」
桐絵を制して口を出すのは綾菜だった。
「君はあの時変な怪物と対峙してたし、和馬くんは中国の原発事故の報道を聞いて姿を眩ましたわ…珍しい馬を替え玉にして」
「いやそれは…」
妙に歯切れの悪い聡。
事が事だけに余計な首を突っ込まれれば、それだけで神と悪魔の衝突に巻き込む事にもなりかねない。
しかし根が正直すぎる。
誤魔化す術を知らなすぎたのは問題だったかもしれない。
「正直に訊くわ、彼方何者?」
綾菜は眼鏡を持ち上げるような仕草をする。尤も彼女は眼鏡など掛けていない。只の真似事だろう。
ならばこそ遊び半分で巻き込むわけにはいかない。
「その謎、僕がお答えします!」
ひょっこりと廊下の窓から顔を出したのは和馬だった。
「但し…知った以上は後には引けないよ?いいね?」
流石に聡も紗由璃も止めに入ろうと身を乗り出したが、答えを聞く前に語りだし、時既に遅かった。
さて、問題はその内容だった。
「そう、僕達は悪のエネルギー生命体、宇宙皇帝ド●イアスを追って来た正義のエネルギー生命体、宇宙警備隊の一員なのだっ!!」
……
誰ともなく溜息が聞こえた気がする。
聡も聡で「何でまた話を変な方向へ持っていくか」と呆れ気味に小声で呟く始末。
しかしそんな聡達の様子も意に介さず、和馬は続けた。
「相手は恐ろしい宇宙生命体…命落とす気でいるなら、今日中に僕を見つけられたら話してあげるよ」
言い終わるや否や、ステップを取って1回転しながら紙吹雪が舞い、和馬は姿を消していった。
「ちょ…ちょっと!」
身を乗り出す桐絵と綾菜だが時既に遅く、廊下には大量のゴミと化した紙吹雪が落ちているのみ。
「掃除よろしく」
端で見ていた里美が読んでいた雑誌を畳み、先に席へと戻っていく。
「ドライアイスだか何だか知らないけど、そんな寸止めで満足しないわよ!」
「折角舞い込んだチャーンス!絶対私に振り向かせてやるわっ!」
そして里美の呟きを他所に廊下へと飛び出していく桐絵と綾菜。
「と、とりあえず…掃除しましょうか」
「ああ」
呆然と、とりあえず今やっておく事を呟く紗由璃と聡。
ふと聡は、紙吹雪の中から羽根が1本出てきたことに気付く。
「聡さん…ソレは?」
「和馬達が伝達に使う羽根だ。コレにメッセージになる思念を込めて届ける…密書にもなる方法だ」
果たして伝達用の羽根に込められた内容はこうだった。
”学校が終わったら僕達の教会へ来て”
聡は紗由璃に、あまり深く関わらない方がいいとは言い含めた。
しかし紗由璃は食い下がって聞かない。
「綾菜じゃないけど、気になるんです…ゼイドさんの事が」
遊び半分の綾菜とは明らかに違う真剣さに、聡が折れた形となった。
学校が終わり、聡は綾菜達を撒きながら、紗由璃は里美に先に帰ると告げ、それぞれに教会へと向かった。
教会の奥の部屋に和馬と3人で入る。
奥のベッドに横たわるソードバスターは相変わらず目を覚ます気配はない。
3人でテーブルを囲んで座っていると、教会の職員の一人が紅茶を振舞ってくれた。
「さて、本題から言うと、実はガンナーのおおよその場所が掴めたんだ」
「「!?」」
突然の告白は聡と紗由璃を驚かせた。
「早かったな」
「あくまでもおおよそだけどね」
そのやり取りを見て紗由璃はふと思った。
「見つけた…と言ってるけど、探すアテがあったんですね」
やはりそこが問題だったのだろうか、和馬が苦笑した。
「いや、実はアテなんて殆ど無いようなものさ。ほんの微かなガンナーの気配を、僕の空間扱う能力で探ってただけで…」
「3次元世界に干渉する過程で万一妨害を受ければ、実の所地上の何処に飛ばされていても不思議はない。地球の真裏かもしれない。地上ならまだ良い方で、海中に沈んでいる可能性だって十分ある」
後を聡が引き継ぎ、改めて和馬に向き直った。
「それで、ガンナーは今どこに?」
かく言う和馬は、呆れと安堵の混じった表情で頭を掻いた。
「それが、この成光市街の外れなんだ…もう僥倖としか言いようがないよ」
「そんな近くなんですね…」
紗由璃も表情を微かに綻ばせる中、聡だけ表情が晴れない。
「そんな近くにいて、何故此方に接触してこなかったんだろうか」
紗由璃と和馬が一瞬固まった。
実際その通りで、成光市周辺での魔獣との衝突は否応無しに目立つ為、その時合流するのも一つの手だ。
「兄ちゃんのように、肉体に馴染めずに昏睡状態である可能性もあるね…何かあったのかな」
「大体の場所は分かったんだし、まずは探してみましょう」
「そうだね」
聡と和馬の視線が交差する。
しかしその視線は紗由璃には向けられなかった。
「?」
「紗由璃先輩はここに残ってて。確かに今回は単なる仲間探しだけだけど、その最中に魔物に狙われる可能性もあるから」
「そうだな…」
疎外…だが紗由璃も聡達の言いたい事は分かる。
そもそも何故聡について行こうと考えるのか、どうも腑に落ちないのは紗由璃自身も感じている。
そしてそれを代弁するように和馬が続けた。
「それに怪しんでるわけじゃないけど…変なんだ。今の地上にあって、神と悪魔の戦いというだけでも胡散臭い。そのうえとんでもない化け物だって出てくる。なのに今ここで、当たり前のようにゼイドの隣にいる事がね」
紗由璃は押し黙った。言い返す言葉が無いのだ。
そんな消沈した表情の紗由璃を慌ててフォローする和馬。
「いや、他意はないんだ!危険だし紗由璃先輩に何かあったら…!」
身振り手振りからして大慌ての和馬の様子は、多少なりと慰めにはなったのか、何とか笑顔を作って顔を上げる。
「ええ…ありがとう」
大慌ての和馬に対し、聡は紗由璃以上に思う所があるのだろう。ある種の苦悶に近い憂い顔を浮かべて席を立った。
「行こう、マジック」
「え?あ、うん…じゃあ先輩、行って来ます」
聡は紗由璃とすれ違うまで目を伏せていた。
只すれ違い様に、紗由璃に聞こえるか否かの小声で呟いて…
「すまない…サユリ」
退室際に牧師姿の初老の男が入って来ようとして、慌てて通路を空けた。
「杉宮さん、ちょっとこれから行方不明になってた仲間を探しに行って来るから…」
言葉を途中で区切り、杉宮の耳元に顔を近づけて小声で囁いて続けた。
「紗由璃先輩をお願いします」
「畏まりました…お気をつけて」
そのまま廊下を抜けていく聡と和馬を見送り、入れ替わりに入室する。
消沈した様子からある程度の事情を察し、テーブルの空いている席へと腰を下ろした。
「マジックバスター様はお優しい方です。紗由璃さんの安否を案じての事と存じます。どうかご容赦を…」
「はい…」
初老の男の気遣いに穏やかを装うが、やはりどこか上の空になっていた。
まだ知り合って数日しか経っていないハズのゼイドに置いて行かれただけで、何故こうも気が晴れないのか。それだけだった。
普段の穏やかな紗由璃なら気付いたかもしれない。
ベッドの上に横たわるソードバスターの指が微かに動いた事に…。
空はすっかり茜色に染まる頃、聡と和馬はおおよそ見当を着けた範囲で、中の唯一の施設である神社を訪れた。
「ここにガンナーがいれば御の字だね」
「そうだな」
鳥居を潜り、正面に見える本堂は比較的小さな神社である。
年期の入った古めかしい建物だが小奇麗に手入れは行き届いている神社だ。
耳を澄ませば本堂の中から祈祷の祝詞が聞こえてくる。
恐らくこの神社の宮司だろうか。
本堂の正面から覗き込むと、その宮司は後姿しか見えないが、背格好は明らかに若い男のそれである。
丁度祝詞が終わったのだろう、ゆっくり深々と御神体に頭を下げて立ち上がる。
「おや、参拝者ですか?」
その顔を見て聡と和馬は目を丸くした。
「ガンナーじゃないか!ここで何をしてるのさ!」
「ガンナー?」
褐色の髪の下に縁の細い眼鏡をかけた優男の宮司…そう、達也である。
しかし達也は初めて聞く単語のように首をかしげた。
「気配は確かに彼だが…覚えていないのか?」
聡の問いの意味も掴みかねたのだろう、きょとんとした顔で返す。
「私はこの蒼妙神社の宮司、清水達也です。ガンナーという名では…」
思わず顔を見合わせる聡と和馬。
「まさかこれは」
「記憶障害起こしてる…?」
光一つ差さないその場所の空気は、澱むという言葉が生温いほどに穢れた場所。
趣味の悪い装飾が施された、あまりにも広大な謁見の間。
ゼイド達を再三襲った影はそこにいた。
膝をつく影の前には何者もおらず、離れた場所に壁があるのみ。
『飽きた…』
響いた声は只一言だった。
その一言だけで影は、声が詰まるような短い悲鳴を上げ、見るからに震え始める。
『2日やる、そろそろ片付けて鹵獲しろ』
短い命令であったが、影は知っている。
二の句を言おうものなら命は無い。
静かに頭を垂らし、謁見の間を後にした。
太陽は西に沈み、茜色の空が紺色に染まる頃、一通りの事情を聞いた達也は沈黙していた。
人違いではないかとも思ったが、やはりその線はない。
人間には無い、聡達神々特有の気配は記憶を失っても漂っている。
「何か、思い出した事はないか?」
「彼方達と会った事がある…気がするくらいでしょうか」
「そうか…」
引っ掛かるモノはあるのだろうが、如何せん決定的ではない。
聡も項垂れるより他になかった。
「あーもー!焦れったい!!」
突然和馬が立ち上がると達也の背後に回り、背中に手を当てる。
微かにその手が輝くと、その手が白い何かを掴み、思い切り引っ張り出す。
「な、何を…!」
驚きはするが痛みはない。
和馬が両手を広げても余るほどの大きな白いもの。
それは人間には決して無い、片方だけでも人の身長ほどはあろうかという白い翼だった。
大きく目を見開く達也に、和馬が「これでどうだ」と喚き散らすが、その声は届いているようには見えない。
只一言、「そうか」と呟くだけだった。
漸く何か取っ掛かりを見つけたと見た聡が声を掛けようとした瞬間だった。
神社の鳥居の外の石段が突然大きな爆音を上げる。
その爆音と共に空に現れた気配があった。
聡と和馬が慌てて振り向くと、そこにはあの影がいた。
その傍らに、全長30mはあるだろう塊が見て取れる。
「悪いねぇ、いきなりタイムリミット宣告されちまってよぉ…」
今までの、どこか小馬鹿にしたような物言いとは違う。
淡々とした、しかしその中に焦燥のような色が見て取れた。
「もうちょっと観察してから料理しても良かったが…仕方ねぇな」
影の隣にあった塊が動いたのは正にその次の瞬間であった。
塊は釣鐘のような形をしており、その底部には六角形の穴が整然と大量に並んでいる。
そう、蜂の巣を魔獣にしたのだ。
その穴から次々と小さい蜂型の魔物が出てきた。
小さいとはいえそれでも人間と同じ程の大きさはあろうかという巨大な蜂である。
「くっ…マジック!ガンナーと周辺の守りを頼む!」
「わ、分かったよ」
社務所から飛び出した聡は、胸ポケットに隠れていた小亀姿のノーマを引き出し、傍らに飛んできたソールと共に飛び上がる。
「神技合体!」
ゼイドへと変身し、続けざまにエルゼイドへと合体。
右腕の剣の刃を消し、腰や下腿側面のビーム砲と一緒に構える。
狙うは次々と蜂を吐き出す巣の魔獣。
5つの光芒が夜闇に包まれ始めた周囲を眩く照らし、真っ直ぐと魔獣へと向かっていく。
しかしその射線上に次々と蜂の魔物が集まってくる。
次の瞬間、大きな爆発が次々と巻き起こった。
「何て魔獣だ…っ」
爆発は思った以上に大きく、煙はエルゼイドにまで届くほどであった。
一度距離を取るが、間髪居れずに大量の蜂が煙から飛び出してきた。
「!!」
咄嗟に盾を構えるエルゼイド。
そしてその盾に、次々と蜂達が体当たりしてきた。
それは正に玉砕覚悟の特攻と言っていい。
そして何故そのような無謀な攻撃に出るのか、その瞬間思い知る事になった。
「うおっ!?」
盾の向こうで大きな爆発が次々と巻き起こっている。
蜂達は自律して飛んでくる爆弾なのだ。先ほどの大きな爆発の原因は正にそこにあった。
盾を通して伝わってくる強烈な衝撃が左腕の感覚を蝕んでいく。
咄嗟に身を逸らして加速する。
追いかけてくる蜂を撃ち抜きながら反撃の糸口を探すが、どうにもジリ貧である。
何せ相手は今もって次々に蜂を吐き出して来ているのだ。
同じ頃、地上では神社が蜂に包囲されていた。
和馬は蜂達と睨み合ってはいるが、いつ飛び込まれても不思議はない。
その背後では未だに背中の翼に驚いて固まったままの達也の姿があった。
「マズいなぁ…空間移動で逃げるのがやっとかな?コレ…」
如何せん相手が多すぎた。
和馬の分野である空間操作は、限られた1つの空間を弄る能力である。
それは多勢の波状攻撃を相手にするのには適していない。
(この状況を打開できるのは…)
和馬は達也を見遣ると、今の今まで固まっていた筈の達也がすぐ傍まで寄って来て肩に手を置いた。
「飛びますよ、マジック」
和馬は一瞬驚いたがそこまでだった。
その一言だけで、問題の殆どは片付いたという確信が持てたのだ。
「行くよ、ガンナー!」
和馬も背中から純白の翼を生やしていっぱいに広げ、二人同時に高く飛翔する。
そんな和馬と達也を追って蜂達が飛び上がり、一気に距離を詰めていく。
至近距離まで近づくと、蜂達が一斉に爆発し、一帯が爆煙に包まれてしまう。
「マジック!ガンナー!」
エルゼイドは近づこうにも蜂達に道を阻まれる。
突撃してくる蜂をフォースブレードで両断しては爆風を盾で防ぐ。
「問題ありませんよ」
空の風が和馬達を包んでいた爆煙を払っていく。
そこには空間を隔離して爆風を防いだマジックバスターと、もう1体の巨人がいた。
黄金色に輝くボディにマジックバスターと同じ翼を背負う荘厳さに、全身に設けられた無骨な銃火器。
それこそが、つい先ほどまで記憶を失っていた達也ことガンナーバスターであった。
「公正なる叡智の神としてここは…停止していた198時間35分間分キッチリ仕事をさせて戴きますよ」
新たな相手、ガンナーバスターに次々と蜂が群がっていく中、ガンナーバスターは慌てる様子もなく背に聳えていたガトリング砲を前面に倒す。
高速で連射される弾丸を前に、蜂達が次々に爆発を起こしながら数を減らしていく。
エルゼイドにもマジックバスターにも無い火力は、蜂達に戦慄を抱かせるには十分だった。
すぐさま散開して左右から襲い掛かっていく。
「正面からよりベターですが…ベストには程遠いですね」
腕を左右に広げると、前腕に設けられた衝撃砲が左右それぞれの陣の中心を撃ち抜く。
打ち抜いたのは数体だったが、その蜂の爆発が隣の爆発を誘い、次々連鎖的に爆発していった。
数百といた筈の蜂は一瞬でその殆どが失われてしまう。
ついには巣の魔獣が動き出し、一見して塊が溢れてきたような勢いで膨大な数の蜂の魔物が吐き出されて来る。
「そこで焦ったのは命取りですよ」
衝撃砲を一つ構え、1発打ち込むガンナーバスター。1発で十分だった。
大量に吐き出そうと焦れば、すぐ足元で密集するのは当然であった。
その密集した爆弾の1つにでも当たればどうなるか、その答えは直ぐに実演される事となった。
吐き出され密集した蜂の爆弾が全て誘爆し、巨大な爆発の炎を巻き上げる事となったのだ。
「出て来なさい。まだ終わってはいないのでしょう?」
巨大な黒煙を上げる中に向けて、火器を構え直す。
すると突然黒煙に風穴を開けて高速で飛び出す者がいた。
それはガンナーバスターの脇を霞めていく。
「巣を捨てましたか…女王蜂さん」
ガンナーバスターの背後を取るようにして飛んでいたそれは、姿形こそ先ほどの爆弾蜂と変わらないが、20メートルはあろうかという巨体を持っていた。
エルゼイドとマジックバスターも構えるが、ガンナーバスターがそれを制する。
「ガンナー?」
「久々の肉体です。慣らしついでに私がやりますよ」
二人に視線を向けている間に、エルゼイドは女王蜂の魔獣が突撃してくるのが見えた。
「!? ガンナー!!」
ガンナーバスターが事態を理解するのにその反応で十分だった。
振り返ると衝撃砲を一瞬で構えて撃ち抜いていた。
命中した瞬間女王蜂は大きく軌道を逸らされ、ガンナーバスターへの突撃コースから大きく外れてしまう。
「確かにソードを含めてバスターチーム3人中、私は最もスピードに劣ります。まぁそれでも並以上の速さは自負していますが…」
振り向き、再び女王蜂に銃口を向ける。
「反応速度まで遅いとは誰も言っていません。動く的に素早く照準を合わせられるなら、近づいてくる的ほど狙い安い的はありませんね」
淡々と嘯くが、あの一瞬の間にどれほどのプレッシャーが掛かり、集中力を要する事だろうか。
それを淡々と言ってのけるほど、彼の肝は据わっていた。
女王蜂はといえば、左の羽が根元から撃ち抜かれており、加速どころか姿勢制御もままならない状態になっていた。
「さぁ、これで閉廷とします」
言うや否や、全身の火器が一斉に女王蜂の魔獣を捉えていく。
腕の衝撃砲、背中のガトリング砲、腰や足のミサイル…それら全てが顔を覗かせた。
「エンディングバースト…!」
静かな、それでいて力強い言葉と共に、全ての火器が一斉に放たれていく。
人間の10倍はあるだろう体躯だが、噴出す無数の光芒や噴射煙はそんな体躯すら小さく見える勢いである。
それらがガンナーバスターと女王蜂の魔獣の間で流線型の弧を描き、一斉に突き刺さっていく。
あまりにも圧倒的な火力に、女王蜂の魔獣は爆発四散する。
「さぁ、あとは彼方だけですね」
3人は一斉に影へと振り返った。
今度こそ逃がさない…。無言の威嚇の意をエルゼイドは剣に、マジックバスターは羽根に、ガンナーバスターは衝撃砲に込めて差し向けた。
しかし当の影は微動だにせず、徐々に噛み殺していた不気味な笑みが漏れてくる。
「ククク…3匹揃って出てきてくれるんだから、1匹片付けるのは楽でいい…」
「何…?」
「まさか…!」
ガンナーバスターとエルゼイドは、その一言に隠された真意に激しい胸騒ぎを覚えた。
「何をしたんだ!」
「さぁ?」
「クッ」
マジックバスターの問いもとぼけるだけだった。
そんな中でエルゼイドは確信とも言える結論に至った。
否、それは直感したと言えなくもない。
「紗由璃が危ない…!」
「ええ!?」
素っ頓狂な声を上げるマジックバスター。
そんな二人を見やり、ガンナーバスターが静かに呟く。
「ゼイド、マジック…ここは私が引き受けます」
エルゼイドとマジックバスターは一瞬戸惑った。
教会に引き返したい衝動でいっぱいだが、如何にガンナーバスターとて相手は魔獣ではない。本物の悪魔である。
そうなればガンナーバスターも危ういだろう。
「ソードはまだ目覚めていないのでしょう?今彼方達の住処を襲われれば、そこに居合わせた者は確実に皆殺しになります」
「っ…分かった!」
「ガンナーも、無理しちゃダメだよ!?」
エルゼイドとマジックバスターは左右に散開し、影の横から回り込むようにして抜けていく。
早急に教会へと戻らなければならない。
影もあえて手を出そうとはしなかった。
「クク…今更動いて何を…」
勝ち誇った余裕とも言うべきか、その押し殺した笑い声に突如銃声が割り込む。
ビームの光芒が一筋、影の頬を掠めていったのだ。
「優越に浸るのはせめて、私に勝訴してからにして頂きたいものですね」
影は暫しの間考え込んでいたのか、黙りきってしまうが、突然影の口元が開き、黒い暗い中に現れた赤い口が一層の狂気を称えた笑みを零す。
しかし唐突にその笑みが驚愕の色に変わった。
影は突然後ろから撃たれたのだ。
その威力は致命傷には程遠いが、撃った相手を確かめるべく振り返る。
方向としてはエルゼイドとマジックバスターが飛び去った方角だが、既に二人の姿は見当たらない。
「私は正面からしか撃たないとは言っていません。先ほどの少々細工をしたビームでしょう。ブーメランのような特性を持たせましたので」
影が再びガンナーバスターに振り向く。
「チッ…次はこうは行かネェ」
唐突に目の前から消滅するように姿を消す影。
「…ふぅ、やはりあの姿では力をあまり使えないようですね…」
漸く火器を構えていた手を下ろすと、すぐさまエルゼイド達が向かっていった方角へと飛ぶ。
「…急がないと」
教会の扉が派手な音を立てて開かれる。
聡と和馬の姿に変わったゼイドとマジックバスターだが、聡の手にはソールとノーマが姿を変えた剣と盾を、和馬の手にはダーツ状になった羽根が握られている。
一見外からは外見上異常は見られなかったが、明らかに中から悪魔達の気配がしたのだ。
その為武装して入ったわけだが、中は目を覆うような惨状だった。
礼拝堂の中のベンチは騒動の傷跡だろう壊れている物が散見でき、その隙間や壁にはおびただしい量の血が飛び散っている。
二人は絶句した。中には知った顔も多くいる。
しかし二人に足を止める事は許されなかった。
「何て…何てことを…!」
礼拝堂を抜け、奥の部屋へと向かっていく聡と和馬。
「あんな事、もう繰り返させるかっ!!!」
聡の悲痛な声は堂内に響き貫き、暗闇と化した空まで響いていく。