エルゼイドの活躍から半日。
紗由璃は学校から、奈美は仕事から帰宅し、愈々ゼイド自身から話を聞くことになったのだが、開口一番に聞いた言葉に奈美は思い切り眉間に皺を寄せる事になった。
「私は人々が神と呼ぶ存在。この度降りてきた目的は、ここ50万年で急速に増長してきた悪魔の首領、オルディス討伐にある」
眉間に皺を寄せて糸目になり、狐に抓まれたような表情を露骨に浮かべる奈美。
その隣では話のスケールが掴みきれずに目が点になっている紗由璃がいた。
「あのさぁ…ソレ本気?」
頭は大丈夫かとでも付け加えそうな程に疑って掛かる奈美。
「疑って掛かられる事は想定していたが…嘘を言っても意味はない」
対するゼイドは大真面目な顔をしているものだから一層奈美の調子は狂う一方。大きなため息の一つが漏れるのも当然といえば当然か。
「言いたい事は分からないでもない。今の地上では宗教すらも、眉唾と見るか妄信狂信するかが大多数…今や神を知る術が無い故に当然ではある」
暗い表情を浮かべるゼイド。
それが憂いの表情であることは直ぐに分かるものの、やはりどう贔屓目に見ても半信半疑の域は出ない。
「生憎私は前者なのよね。そう…神なんて居ないわ…」
ビール缶を片手に腕を組んだままゼイドを見据える奈美。
対するゼイドも、そう嘯く人があまりいい経験をしていないのも知っている。
ふと自らの過去の経験を思い出すとため息を漏らす。
その間に割って入ったのは紗由璃だった。
「私は…信じてみようと思います。ゼイドさんは私や、多くの人を守ってくださったのは事実ですし…」
紗由璃が勘の鋭い子だという事は奈美とてよく分かっていた。
しかし今回ばかりは流石に鵜呑みにはできず…。
「証拠はあるの?」
「それは…」
証拠があるかといえば、紗由璃がその答えを持っている筈も無い。ゼイドに会ってからの不思議な既知感を含め、勘しかないのだ。
「紗由璃の勘が鋭いのは認めるけど、ソレに頼ってると足元掬われるわよ?」
反論することも出来ずにソファーへと腰を下ろす紗由璃の表情は世辞にも晴れやかとは言い難い。
しかしゼイドは更に続ける。
「事実は事実だが…今はそれを理解してもらうために来たわけではない。問題は相手である悪魔達だ」
奈美は睨むような視線で食い入るように見てくる。
やっと本題かと言わんばかりに口元を笑みに歪めて…。
ゼイドも、随分な人間が居たものだと腹の内で溜息をつく。
「数多の神を統べる最高神に匹敵する力を持つオルディス。そしてこのオルディスを首領に、何十万何百万という悪魔が蠢いている。彼らはそれだけでも単体で十分脅威的な力があるが、更に厄介な能力を多々持っている。例えば自らの思念をエネルギーにして対象に取り憑かせ、使い魔として使役する能力…憑依魔獣と呼んでいる」
紗由璃は先日初めて襲われた日を思い出した。
あの時は”影”が黒い塊を車に放り込み、その車が見る見るうちに怪物へと変貌していったのだった。
「あれが憑依魔獣…」
顎に手を添えて呟く紗由璃に、ゼイドが頷いた。
「加えて悪魔達の表皮は異常に硬い。核兵器の直撃を受けてもビクともしないような…」
奈美の目が再び半眼になる。
無理もない。如何に言えど硬すぎだ。
「えー…いやもうちょっと現実的な話をしてくれる?」
「言いたい事は分からないでもないが、それが事実。実際神聖な祝福を行った道具や、神力を込めた技でなければ、私とて一方的に畳み込まれるだろう。根本的な所や細かい話はまだ多いが、一つ言えるのは、最早人間の手でどうにかできるレベルの問題ではない…」
頬杖をついて盛大な溜息を漏らす奈美。
「正直、信憑性に欠く話ね…」
「そう言われるとは思っていたよ」
ソファーから立ち上がり、リビングを後にしようとする奈美だが、部屋を出る間際にゼイドに呟いた。
「神やら悪魔やらが本当かどうかは、今はいいわ…ただアンタはあの化け物を止める為に来た…って所だけは、とりあえず信じてあげる」
扉が閉まる音が小さく響く。
ゼイドの表情は動きはしないが、どこか寂しげでもあった。
「私は信じます」
ゼイドは紗由璃の声に顔を上げるた。
紗由璃の表情には1つの淀みもない。
(変わらないな…)
心の中で呟いていると、ゼイドの口元にも笑みが浮かぶ。


翌日。
成光学園…紗由璃も通っている学校である。
朝日に照らされて白亜に輝く校舎は街の北東部の山の中腹に位置し、その日もいつもと変わらず大勢の生徒達が校門を潜っていく。
ある者は友達と笑談しながら、あるものは眠そうに大欠伸を零しながら、その光景一つ取ってみても、実に様々な人が居るものだ。
少なくとも今、校門を前に小柄な体で仁王立ちしている人物はそう思っていた。
「人間の世界に紛れ込むなんて滅多にないし…折角教官や兄ちゃんが居ないんだし、少しぐらい遊んでてもいいよね」
ツンツンと跳ねた琥珀色の髪が風を受けて揺れ、大きな瞳いっぱいに校舎を捉えた少年が悪戯っぽい表情を浮かべた。
「おーい、そこのお前…何してるのか知らんが鞄置きっぱなしだぞ」
後ろから他の生徒に呼び止められ、振り向けば、道のど真ん中に置きっぱなしの鞄があった。
「うおっ!?ありがとおおおおっ!!」
ハっとなり慌てて鞄を抱え上げて校舎へと駆け込んでいく。
陸上部顔負けの速さだが、無駄にオーバーリアクションな為かあまりにもシュールだ。

間もなくホームルームの時間だが、遊び盛りの子供達の宿命だろう、教室の中は思い思いに歓談に耽っていた。
この教室、1年C組もまたそんな中の一つである。
チャイムが鳴ると前後して、やや小太り気味な担任教師が入ってくる。
「ほーらお前ら席に着け」
ただの一言からでも、その教師なりの生徒達との接し方が見て取れる、落ち着き払った一言。
次々に自分達の席に着く生徒達がその日は珍しいものを見るように教師の後に続く人物に注目していた。
「今日からお前らと一緒に勉強する転入生だ」
皆が注目し、教師が口頭で軽く触れた人物はつい先程の少年だった。
自己紹介を促され、一瞬キョトンとしていたものの、直ぐ意図を掴んだのか笑顔を浮かべる。
しかし少年は黒板に名前を書くわけでもなく、喋りだすでもなく、胸のポケットからトランプを一束持ち出した。
「おいおい、校内にそんなものの持ち込みは…」
転入生の早速の粗相に苦言を呈しかけたが、次の瞬間そんな教師も言葉が止まるほどに目を見張っていた。
手品師さながらの見事なカード捌きで次々に右手から左手、左手から右手へとカードが吸い込まれていく。
そして突然指先でカードを弾くと、手裏剣のように後ろの掲示板に向かって4枚のカードが飛んでいった。
カードの端が掲示板に刺さり、しかも見事に正方形の頂点を描く等間隔を描いていた。
誰もの視線が後ろへ飛んでいった4枚のカード…4枚のエースへと視線が移る。
しかしソレも一瞬の事。
絶妙なタイミングで指を鳴らす少年。
エコーでも入りそうな澄んだ指の音に、皆の視線が再び少年へと向いた。
「寛大なる空間の裁断神…名はマジ…いや、高岸和馬。よろしくっ!」
最後の自己紹介に妙な引っかかりはあったものの、和馬の声に続いて教室中から一斉に歓声が上がった。
その後、早速粗相を起こした数馬は廊下に摘み出されるという数世代前の折檻を受けることとなった。


変わり者の転入生の噂は瞬く間に広がり、紗由璃のクラスでも俄か話題となっていた。
机を寄せ合って弁当を広げていた紗由璃達4人の間でもその例に漏れない。
尤も集まっている4人中熱心なのは1人だったが…。
「それでね、その子を見たヤツが言うには、結構可愛い顔立ちしてたって言うのよ!」
「また始まったわ…桐絵のショタ趣味」
「はは…」
紗由璃を含め他の3人の反応がイマイチなのが気に入らないのか、膨れっ面になってしまう。
退屈そうに肘を突く綾菜。
その隣でなにやら黙々と雑誌を読みふける里美がいる。
「何よぉ…可愛い子を放っておくなんてそれこそ罪じゃない!紗由璃なんてその年まで脈ナシなんだから尚更よ!男見る目鍛えておきなさい」
「はぁーい」
小鳥の囀りのような声で返事を返すものの、桐絵とて浅い付き合いではない、それが生返事なのはよく知っている。
ついには派手に机をついて立ち上がり両腰に手を当てる。
「もー!暢気にご飯食べてる時じゃないわ!行くわよ!!」
「ええ!?」
有無を言わせず紗由璃を引っ張っていく桐絵。
残された二人…綾菜と里美。
二人も慣れたもので、有無を言わせず引きずられる紗由璃に指先だけ曲げるようにして見送りの意志を示す綾菜。
その隣で主人不在になった弁当の中身をしれっと抓む里見。

さて、早速1年C組教室の前に訪れた二人は、窓から中を覗き込んでみる。
流石に印象的な自己紹介をしただけあり、和馬はすっかり周りの目を侍らせる存在となっていた。
得意としている手品を次々と披露し、その度に歓声が上がる、ちょっとしたステージになっているのだ。
「なるほどねぇ…上の中かしら?」
桐絵の評価も上の空で気のない返事を漏らしつつ、紗由璃は周囲の目をはばかる。
2年がここまで押しかける事はなかなかに珍しいことで、話題の転入生というイベントがあったとはいえ廊下を行く1年の目を引いてしまう。
「ねぇ、紗由璃はどう?」
「え?!…ええぇ…普通じゃない…かな…」
「うわぁ…手厳しい」
紗由璃としては寧ろこの場から立ち去りたく、正直あまり顔は見ていない。
曖昧な返事を返したのをそう受け取られたようだった。
一方で、教室の中では果たして何度目の拍手喝采が沸き起こった事か。
和馬は恭しく一礼して皆を見た。
「!!!」
しかしその目は一番端に行って急に見開かれる事となった。
その視線は教室の中のギャラリーではなく紗由璃へと注がれていた。
和馬は紗由璃に見蕩れていたのだ。
心臓の鼓動が急に強く早くなり、脳の中で強烈な電撃が走る。
「カズちゃん?」
ギャラリーの一人が声を漏らすとハっと我に返り、ふと思いついた次の手品を披露し始めた。
中央を抓んで垂らしたハンカチの中から、明らかに中には納まらないだろう三重に畳まれた板を数枚取り出して見せた。
それを後ろが開いたコの字型に広げ、自分の身を包むように積み重ねていく。
「ごめんごめん、さぁ行くよ! One! Two! Three!」
舞台は最高潮に達する。
しかし次のアクションが起きなかった。和馬が合図をしてから声も音も何もない。
待ちきれずに一人裏に回ってみた。
「おい、居ないぞ?」
そう、板の後ろから和馬の姿が消えうせていたのだった。

和馬の動きが無くなり訝しげに中を覗き込む桐絵。
「桐絵…そろそろ戻らない?」
「何言ってるのよ」
制服の袖を引っ張る紗由璃だが、なかなか動こうとしない。
「1年C組に何か御用でしょうか、先輩淑女の方」
紗由璃の更に後ろから声が掛けられる。
見るとそこにいるのは、教室の中で手品披露をしていた筈の和馬がいたのだった。
「いつの間に…」
「おおーやるわねぇ!」
二者別々の反応を見せる手前、恭しく頭を垂れて挨拶する。
「今日からこの学校に通う事になりました、高岸和馬です」
軽快にステップを踏んで回転し、紗由璃の前に膝を着く。
舞台役者顔負けの動きは二人の視線を一瞬釘付けにし、差し出された左手に1輪のバラがサッと顔を覗かせた。
そして更には紗由璃の左手を取り、その手の甲に口付けまでする。
「お見知りおきを…」
「は…はぁ…」
一連の動作に驚き、呆然とはしていたものの、紗由璃の中に何か引っ掛かりが生まれた。
顔や挙動等ではない、和馬自身の存在と言うべきか、根本的な部分で”普通の人間とは違う”と勘が働いたのだ。
熱い視線を送る和馬と、呆然とする紗由璃。
恐らくその間は数秒といった所だが、そんな何ともいえない空気に突っ込みを入れたのは桐絵である。
「って紗由璃かい!!」


そこは中国内陸部、青海省。
ここでは大規模な原子力発電所の建設が行われていた。
オリンピックによる特需景気を受けて躍進するこの国が、更なる膨大な電力確保の為として手を出したわけだ。
今は完成を間近に控え、大勢の作業者が右へ左へ駆け回り、機械の駆動音や金属が擦れる音、怒声…様々な音や匂いが交じり、大規模な作業が続いていた。
そんな発電所の一角に、あの悪魔の”影”の姿があった。
影の足元には、原子力発電所とも影とも趣の違う生物がいた。
人の顔ほどの大きさの甲羅を持つ亀が、コンクリート製の床をのっそりと這っていたのだ。
そんな亀を見下ろす影が静かに呟いた。
「そろそろ大きな余興を楽しもうかねぇ…阿鼻叫喚する人間を眺めるのもいい祭りだ…」
影の手からポロポロと小さな石が転がり落ちる。
光を受けて7色に輝く透明な石…ダイヤモンドは、そのまま亀の甲羅や鼻先をコツコツと叩いていく。
驚いた亀は頭や手足を引っ込めるのだが…ダイヤに次いで落ちてきたのは、いつぞ車を魔獣へと変貌させたのと同じ闇の塊であった。


太陽が西に傾き始める時間。
学園の生徒は各々、部活へと繰り出したり家路に着いたり…と様々であった。
紗由璃ら4人は何れも部活はしておらず、普段は主に桐絵や綾菜に付き合わされる形で、賑わう街へと寄り道するのが通例だった。
しかし今日は少し違った。
授業が終わって後、すっかり紗由璃にご執心となった和馬がその輪に加わっていた。
否、紗由璃に付き纏っていると言った方が正しいだろうか。
何かと構ってくる和馬と、その調子に苦笑いを浮かべながら適度に相手している紗由璃。
その後ろでは紗由璃と和馬の仲をジト目で眺めながら着いていく桐絵。
そんな桐絵を宥める綾菜に、我関せずを決め込みながら一緒に歩く里美…といった具合である。
「はぁ…狙い目だと思ったのに、まさか紗由璃に食いつくなんてね」
「サラリと酷い事言うわね…」
「まぁ、アンタの事だし明日には忘れて別のモノ追い掛けてるでしょ」
後ろを歩く友人達のやり取りを他所に、紗由璃は小声で和馬に尋ねた。
「和馬くん…ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
「はい!何でしょう!?」
付き纏って初めて口を開いた紗由璃に、目を輝かせる和馬。
そこまで期待される事かな…等と思ったが、質問を続けることにした。
「和馬くん、ゼイドっていう名前の神様を知らないかしら?」
和馬の咲き乱れた花のような表情が一変、何か引っ掛かりのあるような呆然とした表情へと変わる。
「やっぱりそうなのね…」
「や、やだなぁ〜初めて聞くよ」
慌てて表情を取り繕うも、どうにも乾いた笑い声になってしまう。
「もしかして彼方…」
ゼイドと同じ神では…と続く筈だった声が、突然街頭テレビの大きな音に掻き消された。
音量も然る事ながら、問題はその内容にもあった。
『緊急速報です。中国青海省で建造されていた原子力発電所で、突然大規模な爆発事故が発生し…』
街を行く人々の視線が街頭テレビへと集中する。勿論紗由璃や和馬達も例に漏れずである。
青海省原子力発電所は世界でも類を見ない大出力を持つと言われていたが、裏を返せば一度事故を起こせばどれほど大きな災害を起こすか不安の声もあった発電所である。
そしてソレは、運転を前にして発生したという事になる。
街の人々が動揺し始めるのも当然だろう。
「まさかそっちから攻めてくるなんてね…」
非常事態の中にあって、紗由璃の隣から聞こえてきた声は驚くほど冷静だった。
他でもない、和馬である。
「紗由璃先輩が何でゼイドを知ってるのか…後で聞かせてよ」
紗由璃が和馬に振り向くと、何やら含みを伺わせるような悪戯っぽい笑顔で真っ直ぐ紗由璃を見ていた。
和馬が恭しくお辞儀をすると、懐から取り出した一組のトランプの束をおもむろに宙に放る。
宙でバラバラになったカードはハラハラと舞い落ち…突然純白の無数の羽根へと姿を変えた。
その無数の羽根が輝き始め、和馬を光の中に包んでいく。
次の瞬間、高岸和馬という少年は姿を消し、そこには純白の白馬がいた。
否、只の白馬ではない。
その背には大きな白い翼があった。
そう、ペガサスへと変貌を遂げていたのである。
「やっぱり…彼方も」
光の中で姿を変える…ゼイドと全く同じだ。
尤もゼイドは青い人型ロボット。和馬はロボットではなく、本物の翼の生えた白馬の姿…という違いはあるが。
「って和馬くん!何もこんな時にこんな所で手品披露しなくてもいいでしょうが!」
後ろから桐絵の声がした。
なるほど、あれだけ見事な手品を披露していれば、今のも何かしらトリックがあると勘違いしているのだろう。
天馬へと姿を変えた和馬は、そんな声を気にする風も無く振り返り、大きな翼をはためかせて駆け出したのだった。


空を駆け抜けている和馬の眼下は既に日本海に至っていた。
天馬の姿に変身していた和馬の体は更に光に包まれ、そのまま縮尺が狂ったように巨大化し、天馬の形をした純白のロボットへと変化した。
「マジックバスター!」
後ろから声がしたと思い、振り向いた和馬…マジックバスターは、その相手の姿を確認した。
そこに居たのはエルゼイドである。
「ゼイド!ようやく会えたよ!」
「話は後だ!今は爆発的に広がる放射能汚染を食い止める!」
漸く中国の海岸線上空に達したエルゼイドとマジックバスターは、放射線が広がっていくのを捉えた。
人間は通常、赤から紫までの可視光線しか見る事ができない。
まして放射線等は可視光線の波長の遥か外にある光線の類であり、視認する事は不可能である。
それを空間の歪みとして視認できるのは、やはり彼らの存在所以だろうか。
「まさかこれほどとは…」
「大丈夫!僕に任せてよ」
マジックバスターが人型ロボットへと変形すると、大きく両腕を広げる。
「行けるか?」
「この規模は初めてだけどね…悪魔を食い止めろってのは無理だけど、放射線を隔離して浄化するくらいなら何とか」

広げた両腕から、光の粒が際限なく広がっていく。
やがてその光の粒は、東アジア一帯を大きく包み込むドームを形成していくのだった。
「寛大なる空間の裁断神…真骨頂を見せてあげるよっ!」
「頼む…私は爆発の異常を確かめに行く」
「気をつけて!」
光の粒のドームの中心に向かい、再び速度を上げるエルゼイドを、マジックバスターは微動だにせず見送るのだった。


エルゼイドが爆発した発電所へと到着したのは間もなくの事であった。
放射能の歪みは目に余るもので、黒煙は既に太陽の光を完全に遮り、辺りは真っ暗になっている。
一旦空高く昇り、フォースブレードで黒煙の雲を一閃。縦に大きく開かれた雲の裂け目から漸く陽の光が大地に届く。
「何という事だ…」
それは惨状という言葉がしっくり来る。
直径数kmはあろうかという巨大なクレーターがぽっかりと開き、ヘドロのように溶けた大地が醜い筋を刻んでいる。
そしてそのクレーターのほぼ中心に位置する場所に、爆発の原因があった。
濁った7色の光を照り返す白い石の結晶を幾重にも尖らせた、高さ20m、直径40mの山がそこにあった。
しかもその結晶の山は動いている。
見ればそれは、見るからに硬そうな皮膚に覆われた頭や手足が覗いている。ダイヤを背負った巨大な亀に違いなかった。
間違いない。その魔獣こそが原子力発電所を暴発させた犯人である。
「赦しは…しないぞっ!」
エルゼイドはブレードを構え、落下の勢いをつけて魔獣へと突っ込んでいく。
そしてその勢いに乗せて一気にブレードを突き下ろす。
神の気の力…神力を込めた突き下ろしともなれば、その威力は悪魔達にとっては脅威以外の何物でもない。しかし…
「何!?」
歪なダイヤの甲羅を持つその魔獣に、光の刃はものの一寸も通ってはいない。
更にはその魔獣が咆哮を上げると、突き出たダイヤの角の一つが凄まじい勢いで撃ち出される。
「くっ!」
咄嗟に体を捻り、紙一重で避けて距離を取る。
ベースは亀だけあり、その移動速度や機動性はエルゼイドと比べるべくも無い。
相手の長距離攻撃に気をつけていれば負ける相手ではない。
しかしそのパワーと圧倒的な防御力は如何ともし難い。
このままでは勝負は平行線である。
「徹底的に防御を固めて来たか…どうする…」
再び撃ち出される特大ダイヤの弾丸を、飛び跳ねて避けながら思案する。
撃ち出された跡の穴も間髪入れず次のダイヤの角が伸びるため、発射直後の穴への攻撃も不可能。
更にそれは、鮫の歯の如く何度も生え変わる事をも意味する。となれば一点集中攻撃で抉じ開ける方法も有用とは言い難い。
「なら、僕に任せてよ」
エルゼイドが振り返ると、そこには白い翼を広げた純白のロボットの姿があった。
そう、マジックバスターだ。
「!!…そうか、マジックバスターの力なら…!」
「ゼイド!」
弾かれたように飛び跳ねると、エルゼイドやマジックバスターがいた場所にダイヤの弾丸が突き刺さる。
再び足場を定めると、今度はマジックバスターは両手を前に突き出した。
「アレは集中するのに時間掛かるからね…あの魔獣をあの場所に足止めしてくれると助かるよ」
「よし!」
魔獣が再び甲羅のダイヤを撃ち出して来る。
対するエルゼイドは今度は打って出た。
ブレードの光の刃を一閃させ、次々にダイヤの弾丸を薙ぎ払い、一気に相手の眼前へと躍り出ていく。
目の前で高く宙返りすると、そのまま相手の頭に踵を打ち下ろしていった。
無論相手の固さは半端ではい。
踵の痛みに一瞬呻いたものの、相手も怯んだだけの効果はあった。
そのまま魔獣の横へと大きくステップし、ブレードで脇を思い切り突いて行く。
元よりダメージの効果は期待していない。
要は相手の注意を引き付けさえすれば良いのだ。
マジックバスターは両腕を魔獣に向けて突き出したまま、まだ何の動きも無い。もう少し掛かるのだろう。
「ギャオオオオオ!!!」
魔獣の嘶き声が突然、輪をかけて大きくなった。
「!?」
嫌な予感が脳裏を霞め、エルゼイドはマジックバスターの前に出ると盾を構えた。
何と魔獣の甲羅にヒビが入り、全方位に向けて無数のダイヤの弾丸をばら撒き始めたのだ。
大きさは単発だった先ほどより遥かに小さいものの、その速さと攻撃範囲は比ではない。
正に横殴りの大粒の雹の如く、エルゼイドの盾を強かに叩き続ける。
「ぐぅぅっ!!?…マジックバスター!」
「……」
マジックバスターはまだ沈黙を守ったままだ。
ならばエルゼイドは、もう少し持ち応える他ない。
一瞬ダイヤの弾丸豪雨が止んだのを見計らい、再び踏み出す。
しかしそれは相手も同じだった。
「うおおおおお!!」
ブレードを思い切り振り下ろすが、相手の鼻先にぶつかり止ってしまう。
押し合いになると力も、恐らく重量も劣るエルゼイドでは分が悪すぎる。
「持ち応える…耐えて見せる…!」
エルゼイドの足先が地面に沈み、そのまま後ろへと徐々に引き摺られ、深い2本の溝の距離を断続的に伸ばしていく。
「よし…ゼイド!!離脱だっ!!!」
それは待望の合図であった。
エルゼイドはブレードを振り払い、高々と飛び跳ねていく。
魔獣の視界から青い巨人が姿を消し、その後ろに控えた翼を持つ純白のロボットが姿を現す。
両腕を魔獣に突き出し、その瞳は真っ直ぐ睨みつけている。
「邪悪よ…お前の存在を”否定”する…!永久の虚無で惑え!!」
魔獣の周囲に光の粒子が現れ、その体を球状に包み込んで閉じ込めていく。
「閃光の迷宮…!! はああああああ!!!」
光の粒子はその数を増し、遂には魔獣の姿を包み隠してしまう。
光の球と化したそれは突然大きな光の柱となり天を貫き、そして消えていった。
そう、文字通り消えていったのだ。包み込んだ魔獣もろとも。
マジックバスターは”空間”を制する神である。
如何なる存在も、どんなに強くとも、或いは如何に強固な鎧で身を包もうとも、神にその存在を否定されれば存在し続ける事は叶わない。
存在する全てを肯定し内包する”空間”という世界は、神々の最大限の寛大さを象徴しているとも言える。
そしてそれこそが、マジックバスターの二つ名の所以に他ならない。
「ふぅー…」
どっと力が抜けて腰を下ろすマジックバスター。
その傍に降りてくるエルゼイドは、流石に神獣と合体しているだけに倍近い巨躯である。
しかし驚く風もなく、マジックはエルゼイドの顔を見上げ、サムズアップで応えた。
「相変わらず凄まじいな…」
「まだまだコレの範囲は狭いし集中に時間掛かるけどね…」
謙遜ぶった口を叩くものの、得意げな表情は彼の本音を如実に語っていたのだった。


ゼイドとマジックバスター…和馬は日本に戻り、紗由璃と合流すると、事の経過を軽く話しながら街を歩いていた。
まだ街中では動揺はあるものの、予想以上に被害は少ないとの報道に平時の空気を取り戻しつつあった。
今3人で歩いているのは、和馬が寄宿しているという場所へ立ち寄る為でもある。
「なるほど、ゼイドは紗由璃先輩と接触してたんだ…でもどうして紗由璃先輩、僕も神だって分かったの?」
「何となく…ゼイドさんと同じ、真っ直ぐな根のようなのを感じたの」
両腕を頭の後ろで組んで歩く和馬についていく形で、ゼイドに寄り添うような形で紗由璃達がついて行く。
「へぇー!紗由璃先輩鋭いなぁ……で…」
関心した声で答えるものの、突然声の色が転じてジト目で振り返る和馬。
無駄に大きな素振りでゼイドを指差して…。
「何でゼイドってば、紗由璃先輩の傍にくっついてるのさー!!」
「ん?」
「何でと言われても…」
キョトンとした顔で顔を見合わせるゼイドと紗由璃。
そんな様子を見て和馬は、何だか噛み付く自分自身が哀れにも感じて深い溜息をつくのだった。
「はぁ、まぁ今日はいいや…とにかく、此処で僕は世話になってるのさ」
和馬に続いて後ろの二人が足を止める。
その先にあるのはロマネスク様式の教会だった。
紗由璃はまさか本当に和馬が教会で寄宿しているとは思っていなかったのだろう、足を止めたまま目を見開いて唖然としていた。

和馬の案内で奥へと通され進んでいくと、丁度奥の部屋から一人の初老の男性が出てきた。
黒いローブのような服に身を包んだ男性は、所々黒毛を含んだ白髪に、口周りに切り揃えられた白髭、穏やかさの滲み出る垂れ目の男である。
「杉宮さん!兄ちゃんの様子は?」
和馬はその初老の男、杉宮の元に駆け寄りながら聞いた。
その内容を聞き、ゼイドも一瞬目を見開いた。
「ソードバスターも居るのか?」
「おお、マジックバスター様…残念ながら未だにお変わりないようで」
その答えに肩を落とす和馬だが、今度は杉宮がゼイドと紗由璃を見ながら声を掛けてきた。
「ご友人ですかな?」
「あぁ…こっちはゼイドって言う僕と同じ神で、こっちは…」
紗由璃を見ながら、今肩を落としていた調子はどこへやら、紗由璃の隣に素早く回り込み、膝を着きながら手を取った。
「僕の女神様、紗由璃先輩だよ」
「い…いえ、私は普通の人間ですから」
思わず苦笑するゼイドと紗由璃。
それから杉宮から暫し話を伺うこととなった。
杉宮はこの教会を管理する神父で、彼が朝の祈りを捧げていた時、突然祭壇の上に光が集まり、その光の中から二人の青年が現れた事。
他でもない和馬と、そしてもう一人…。
その二人を神の使者であるとし、杉宮が和馬らを手厚く迎え入れた事。
「2人…?」
ゼイドの抱えた疑問はもう一つ。
探している3人は一緒に地上に降りた筈である。
「地上に降りようとした時、悪魔達の待ち伏せを食らってさ…ガンナーとは逸れちゃったんだ。そして…」
和馬が奥の部屋の扉を開き、4人は中へと入っていった。
小奇麗に整えられた部屋の中で、ベッドに横たわる人の姿があった。
和馬と同じく琥珀色の髪を持つ、精悍な顔立ちの青年が眠っている。
否、呼吸している様子がなかった。
「ガンナーは行方不明…兄ちゃんは構成した体とのリンクがうまくいかなくて、そっちで格闘中…地上に降りていきなり散々だよ」
深く溜息を漏らす和馬。
ゼイドも神妙な顔になり、どうしたものか考えあぐねていた。
「ゼイドさん、私が言うのもなんだけど…折角合流できた事に先ずは喜びましょ?ガンナーさんは改めて探せば…」
ゼイドと和馬は紗由璃の言葉に顔を上げた。
「そう…そうだよね!兄ちゃんはとりあえずここに居るわけだし!」
「あぁ、そうだな…」
神妙な空気が幾らか和らぐのを感じ、ゼイドと紗由璃と和馬、そして後ろにいた杉宮もまた微笑むのであった。


すっかり陽は沈み、住宅街も夜闇を忍ぶように静まり返る。
そんな中、車庫の中の車の運転席では、ぼんやりと携帯電話のスイッチの光で人影が辛うじて確認できた。
「あれほどの爆発で、放射線が殆ど検出されない?」
携帯電話で話しているだろう人物のは淡々と、しかしどこか驚いた様子で答えた。
『ええ、中国にそれほどの技術はありません。やはり例の巨大ロボットの仕業と見るのが妥当かと…映像も送りましょうか?』
「ええ、お願い」
暫しのやり取りの後、会話を切り上げて携帯電話の画面を覗き込む。
そこにあったのは衛星写真だった。
何度か操作を繰り返し、その度に画像の写真が刺し変わる。
東アジア一帯を覆う光のドーム。そのドームの端を拡大したらしき場所に写る、両手を広げたマジックバスター。爆心地近くに現れた、不自然な黒煙の裂け目。そこにはエルゼイドの姿もあった。
「この規模の放射線を一度に消す技術なんて…中国どころか私も知らない…」
携帯の画像を消してポケットに突っ込みながら、更に呟いた。
「こりゃ…ひょっとすると…ひょっとするわね」
鞄を抱えて車を降りる。
そしてそのまま、玄関の灯りのある方角へと歩きだした。
「さぁて、紗由璃ってば今日の晩御飯何作ってるかしら?」
その影は玄関の灯りに照らされ、カラっとした笑みを浮かべながらドアノブを捻る。
他でもない、紗由璃の姉、奈美であった。

 
 

 

 
  <<戻る