ゼイドの渾身の一撃の元に四散する鋼の怪物。それを遠くから見ていたのは、先の影だった。
  「なるほど…まぁこの程度蹴散らせなきゃ、俺が来た意味もネェからな」
怪物の最期に微塵も慌てる風もなく、一言漏らしたまま消えていく。


先の騒動の日の夜。
ビルの屋上で寝転がる青年…ゼイドの姿があった。
街の灯りは煌々としており、昼と逆転して地が天を照らす。
そんな中で昼間出会った紗由璃のことが頭から離れないまま寝付けず、果たして何度寝返りをうった事か。
 「…いや、今はそんな事を考えている場合ではない。他の3人と合流しないと…」
地上に先立って降りた仲間がいるが、未だに気配一つ掴めない。
それ自体が既に彼にとっては異常事態なのだが…。
 「こんな事ではまたあの繰り返し…いやそれ以下だ」
飛び跳ねて起き上がると、迷いを振り切るように屋上から飛び降り、夜の街の中を駆け出した。
余談だがこの時の高さ15メートルに相当するビルからゼイドが飛び降りた光景で、隣接する通りが一時騒然となった事を付け加えておく。

紗由璃の家…織笠家でもまた、紗由璃はゼイドの事を思い出していた。
紗由璃ら4人とも、軽い脳震盪と打撲で問題なしという事で、つい先ほど帰ってきた所である。
リビングでテレビを眺めれば、昼間の怪物の騒ぎを流している。
目撃写真として時折映る青いロボット。
それは紛れも無い、ゼイドの姿だった。
  「あの人、私の名前を知ってた…?」
記憶が確かなら、ゼイドに一言も名乗っていなかったハズ。
だが何故か違和感も嫌悪感もない不思議。
心当たりもなく思考は無駄に彷徨うばかりだった。
  「ただいまーっと…紗由璃生きてるー?」
玄関から届く声に我に帰る紗由璃。
振り返ればリビングのドアを開けて、声の主…姉の奈美が顔を覗かせていた。
  「あ、姉さんの帰りなさい」
  「いやぁ外は面白い騒ぎになってるわねぇ…その調子だと大事にはならなかったみたいだから安心したけど」

鞄をソファーに放りながら、まっすぐ冷蔵庫に向かってビール缶を持ち出してくる。
  「姉さん…帰っていきなり…」
  「で…今まで何考えてたの?」

苦言をいきなり遮られる。
ビールを呷りはするが、姉の目は紗由璃を捉え、笑っていない。
普段は飄々としているが、流石に目は確かだ。
  「あの青いロボット…ゼイドって名乗ってた人が『変身』したの。
   それだけじゃない、私の名前を知ってた…」

奈美は目が点になっていた。
当然といえば当然か、特に前者など最早アニメか小説のような不可解現象に他ならない。
  「は…?変身?」
  「そう、怪物に殴られそうになったとき、光に包まれてあのロボットに…」

奈美はソファーに腰掛け、聞き間違いではないと確認すると、神妙な顔つきで考え始める。
  「アンタがその手の嘘つくとは思えないし…手の込んだ手品?…にしても意図が読めないわねぇ
   大体紗由璃のこと知ってるなんて…」

神妙な顔で一通り思考を巡らすと、姉の口元に笑みが浮かんだ。
そしてその笑みの後、大抵ロクでもないことをするのは奈美の悪い癖だ。
紗由璃は思わず溜息を漏らしてしまう。
  (はぁ…言うんじゃなかったかも)


春から夏へと移り変わろうとするこの時期、明け方近い時間帯の外の空気は暑すぎず寒すぎず、程よい気候だった。
空は東が青白く染まり始め、間もなく日の出を迎えることだろう。
行く当てもなく彷徨っていたゼイドだが、急に西の空に視線を集中させた。
尽きぬ悩みと課題にアンニュイとした表情が、視線を移したと共に張り詰めたものへと塗り換わる。
  「やはり…また襲撃してくるか」
不穏な気配を感じ取ったゼイドは、従者の燕…ソールを呼び寄せながらビルから再び駆け出した。


同じ頃、紗由璃は目を覚ました。
ベッドの上から時計を見れば4時半。普段より少々早く起きてしまったようだ。
頭の中に浮かぶのは、ゼイドの事だった。
  (姉さんに話して、一応落ち着いたハズなんだけど…)
しかしどうしても収まってくれない。
寧ろ嫌な胸騒ぎが増してくる。
気がつけば紗由璃は、羽織一つ纏って部屋を飛び出していた。
階段を駆け下りて…
  「あら、お出かけ?」
突然の声に心臓が飛び出そうなほど驚き、声の主を辿ればそこには姉の姿があった。
奈美がこんな時間に起きている事事態珍しい上に、いつの間にか外出用の服に着替えている。
  「な…何で」
  「まぁ、こんな日もあるわよー」

そんな答え方をするときに限って、姉がロクなことをしないのは経験上嫌と言うほど分かっている。
  「昨日のやつが気になってしょうがないんでしょ?私もこれからちょっと、ゼイドってやつを観察しに行こうかなと思ってね」
  「え…?」
紗由璃自身も、おそらく奈美も、ゼイドについて知っている事は少ない。
それでも奈美は、紗由璃がそんな状態でそこまで関心を抱くゼイドというロボットが、人物が、どういう存在なのか非常に興味が沸いてきた。
露骨に悪巧みでもしてそうなやる気満々の奈美は、紗由璃を連れてそのまま車庫へ。
自身の車に乗り込み、急発進する。
  「紗由璃がそこまで気にかけるなんてそうそう無いし面白そうじゃない…飛ばすわよぉ!」
  「ちょ…きゃぁぁぁ!?」

かくして、車に乗っている間中、紗由璃はジェットコースター顔負けのスリルを車で味わう羽目になってしまった。



町外れの林道の上空は戦場と化していた。
巨大な翼竜の姿に変化したソールの背にゼイドが立ち、怪物と対峙している。
対する怪物は、優にゼイドの倍近い全長を持ち、所々から直線ラインの翼を生やす怪物。
ソールのスピードに匹敵する速さで追随し、ビームやミサイルで襲い掛かって来る。
  「地上の戦闘機を何機か纏めて取り込んだか…」
ソールは旋回し、ゼイドを背に乗せたまま急接近、擦れ違い様に翼で斬り付ける。
同時にゼイドも蹴りを叩き込む。
手応えはあった。実際大きな切り口と、蹴りによる大きな歪みも見て取れる。
しかし傷は直ぐに再生してしまい、更には全体のシルエットが拉げて、歪な翼を持った人型の怪物へと変形してしまう。
  「込められた魔力も昨日の小手調べとはワケが違うっ!」
再び攻撃態勢を取り、突撃を試みる。
だが突然怪物が大きく口を開けると、間髪居れず強烈な空気の振動が襲い掛かる。
  「うおっ!?」
それは正に目の前まで迫っての反撃。
あえなくソールもろとも失速し、地面に激突してしまう。

ゼイドと怪物の戦闘を、更に高みの空から観察していた者がいた。
他でもない、先日の影である。
  「ククク…『憑依魔獣』の素体が1つとは限らないぜぇ…
   さぁて、ソイツはそこまでにして、残りの3匹を潰しにいくぞ!」

憑依魔獣と呼ばれた怪物に命令を下せば、踵を返しながら消え失せていく。
憑依魔獣もまたそれを追うように飛び去っていく。
  「くっ…行かせるものか…っ!」
ヨロヨロと立ち上がるゼイド。
しかし憑依魔獣は意にも介さず後姿が小さくなっていくばかりだ。
  「随分なやられっぷりねぇ…別に止めないけど勝てる見込みあるの?」
ふと後ろから掛けられる場違いな声。
驚きの声を漏らし慌てて振り返れば、そこに居たのは二人の女性。
  「サユリ…!?それと…」
思わぬ人物の登場に驚くゼイド。
そこに居たのは他でもない、紗由璃と奈美であった。
  「姉さん、あえて言ってみるけど…よくここに居るって分かったわね…」
  「何てことないわ、『その筋』の情報源があったからねぇ」
  「その筋って…」

見るからに気疲れしている紗由璃。
さきほどの乱暴な運転に加え、この質問…と、姉に振り回されっぱなしなのだろう。
そこまでやり取りすると再び奈美はゼイドの方を向く。
  「アンタが何者かはとりあえず置いておくわ…
   まずはあの珍妙な怪物を片付けるつもりだろうけど、方法はあるの?」

紗由璃はともかくとして、妙に状況の飲み込みが早い奈美。
若干の違和感を覚えはしたものの、その答えに数秒考え込む。
  「手はある…いや、無い訳ではない…」
  「歯切れ悪いわねぇ…あるなら使えばいいじゃない!何か問題でもあるの?」
  「問題は…」

答えに窮してしまう。
目を逸らせば紗由璃と目が合った。
紗由璃は黙ってゼイドを見つめている。
無論紗由璃としては、それに答える答えを持ち合わせてなどいない。
紗由璃は知らない。
それはゼイドにとって、何かが吹っ切れる切っ掛けになったのだろう。
  「問題…ない…!」
ゼイドは踵を返し、高らかに続けて声を張り上げた。
  「来い!ソール!ノーマ!」
ゼイドの呼び声に応え、ソールが起き上がり再び夜空に舞い上がる。
一方では更に、地面を割って中から大きな亀型のロボット…ノーマが姿を現す。
ソールはゼイドの頭上で大きく弧を描いて飛び、変形を開始。
首が外れて胸が大きく開き、胸から足まで真っ直ぐ伸びて展開。
大きな翼を持つ上半身を形成する。
ノーマもまた大きく飛び上がり、甲羅と前足と頭が一体となって外れ、ボディが伸びて下半身を形成する。
  「とうっ!」
ソールとノーマの間に入るようにゼイドが飛び上がると、背中のビーム砲が外れる。
ソールから変形した上半身が、ゼイドの上半身を包み込むようにドッキング。
更にノーマから変形した下半身にゼイドの爪先が収まるようにドッキングしていく。
甲羅の裏から現れる大きなプレートがゼイドの胸にセットされ、大きな頭部が生えてくる。
額に畳まれた角が開き、エメラルドグリーンの瞳が力強く輝く。
  「神技合体…!エルゼイド!!」
昇り始めた太陽を背にに降り立った巨大なロボット。
コバルトブルーの鎧とマントのように背を覆う翼が目を引く巨人が、その巨体の重量感を感じさせず静かに降り立つ。
朝日を浴びて輝くエルゼイドを見て、感嘆の口笛を吹く奈美。
  「いい隠し玉があるじゃない」
  「……」

しかし、エルゼイドの視線は紗由璃へと注がれ押し黙っていた。
視線を交わす紗由璃もまた、エルゼイドの姿に呆然としている。
  (あれ…?このロボット…)
記憶にあるかと言えば思い当たる節はない。
しかし記憶にないのに鮮烈に覚えているような感覚。
そんな違和感に襲われて呆然としていた。
  「詳しい事は後で話そう。先ずは先程の魔獣を倒さねばならない」
了承の意を片手を挙げてヒラヒラと振って表す奈美。
そしてようやく紗由璃が吾に返った時には、今正にエルゼイドが旋風一つ起こすことなく大空へ飛翔していた。



影が憑依魔獣を傍らに地上を見下ろす。
眼下の街ではこれから朝のラッシュの時間へと突入していく頃だが、上空に現れた怪物…憑依魔獣に視線が集まり、俄かにどよめいていた。
  「あの3匹は見つからねぇか…ならばこの街に用はないな」
腕を街に向けて突き出す影。
それは他でもない、魔獣に下す攻撃の合図である。
その合図に応じ両腕を振り上げた魔獣は、巨大な赤黒いエネルギーの塊を作り出し、街に向けて思い切り投げ落とす。
  「ヴォオオオオ!!」
魔獣の醜悪な雄叫びに続き大爆発を起こすエネルギー塊。
一瞬にして眼下の街は爆煙に包まれる事となった。
完全に街から興味の失せた影は振り返り指示を出す。
  「さぁて…他当たるか」
魔獣も振り返り、後に続く。
いや、続こうとした。
破壊した筈の街から感じた気配に、影と魔獣が再び振り向く。
そこには盾を構えた青いロボット…エルゼイドの姿があったのだ。
悠々と盾を下ろし、魔獣達と同じ高度まで浮き上がってくる。
  「さっきのか…フッ、流石オルディス様が目をつけるだけある。もう立ち上がって神獣まで纏ってくるとはな」
余裕を見せながら影は話すものの、隣の魔獣はエルゼイドを明らかに強く警戒し始める。
対するエルゼイドは真っ直ぐに見据えたまま、右腕を覆うビーム砲の先端からビームの刃…フォースブレードを伸ばして構える。
  「お前達の好きにはさせない。もう誰も…」
エルゼイドの脳裏に浮かぶ一人の女性の姿。
その輪郭は霞んで…しかししっかりと覚えているその存在を胸に仕舞い、力強く言葉を続けた。
  「誰もお前達に奪わせるものか!」
放たれる言葉を前にして影は、興が冷めたようにため息を漏らす。
  「…行け」
憑依魔獣にそれだけ言うと、遂には姿を消して立ち去ってしまう。
指示を受けた魔獣は腕に大きな爪を生やし、エルゼイドに向けて切りかかってきた。
  「ふんっ!」
体を1回転させてヒラリと避け、振り返りざまに振り上げられるフォースブレード。
爪の生えた魔獣の腕を易々と両断してしまえば、さらにその脇腹目掛けて強く蹴飛ばす。
  「ヴォオオオ!!?」
魔獣は吹飛ばされながら、大きく口を開きエネルギーを溜め込み始める。
恐らくそのままエルゼイドに放つ腹だろう。
対するエルゼイドは慌てる素振りなど微塵も見せず、盾の両脇に付いている刃を外してくの字に組み合わせ…。
  「エルファーブーメラン!」
投げつけると独特の弧を描きながら、魔獣の口のエネルギーを切り裂いた。
反撃の一手の筈が咥内で大爆発してしまい、そのまま町外れの小高い山に墜落する魔獣。
エルゼイドはそのままフォースブレードを引いて構え、腰を低くする。
すると街や辺りの山まで覆うほどの範囲に無数の光の粒子が現れ、辺りを舞い始めた。
それは朝日の陽の光よりも澄み渡った光。それは決して人工的な光ではない。
幻想的…と言うより他にないその光の粒子は、エルゼイドを中心に渦を巻き始め、次第にフォースブレードへと収束していった。
  「はああああああ!!」
宙を蹴り、魔獣に向けて一気に加速していくエルゼイド。
  「スパイラル…ライバァァァァ!!!」
フォースブレードを突き出すと共に、打ち抜かれる魔獣。
魔獣の腹に大きな風穴が開いたと思った瞬間、禍々しい体に先程の光の粒子と同じ色の皹が走る。
しかしそれも一瞬の事。遂には光の柱が立ち上り、魔獣は光の粒子となって消滅していった。
エルゼイドはゆっくり立ち上がり、フォースブレードの光の粒子を振り払うと静かに眼前に真っ直ぐ縦に掲げるのだった。



奈美の車が、すっかり昇った朝日を浴びながら帰路についていた。
無論流石に来た時のように飛ばす事はしない。
  「昨日聞いてはいたけど本当にロボットから人間に変わるなんてねぇ」
助手席に座る青年の姿に変わったゼイドを横に、視線を前に向けたまま奈美が呟く。
  「…いや、律儀に私達の所に戻ってきた方に驚くべきかしらね?」
  「…前者の方が普通驚くわ、姉さん」

後部座席でため息をつく紗由璃。
  「後で事情を説明すると約束した筈、約束は守るよ」
一瞬だけゼイドの顔を横目で見ると、思わず笑みを零す奈美。
  「律儀ねぇ…いいけど私が仕事から帰ってからね。紗由璃も学校あるし」
  「あ…」

紗由璃はすっかり学校の事を失念していた。
尤も朝一番にロボットの戦闘を目の前で見届けるという非日常の中にあった事を省みれば無理もない話ではあるが。
  「…フフッ、分かった」
気がついたときにはゼイドの口元からも笑みが零れていた。
ふと自分自身気づくと、はて何年ぶりに笑ったか…などと頭の隅で思っていた。

 
 

 

 
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